9月26日の百物語
消えたおばば
滋賀県の民話
むかしむかし、琵琶湖(びわこ)のほとりの家に、もう七十歳をこえているのに、病気一つした事のない元気なおばあさんがいました。
ある寒い日の夕方、いろりの前に座っていたそのおばあさんが、何の前触れもなくコロリと死んでしまったのです。
「ついさっきまで、元気にしゃべっていたのに」
家の人たちは驚きながらも、とにかくお葬式(そうしき)の準備を始めました。
そしてお葬式の準備がひと段落ついた時、奥の部屋に安置(あんち)してある棺(ひつぎ)がメリメリと音をたてて畳(たたみ)の上に転がりました。
そして死んだはずのおばあさんが白い衣のまま立ち上がると、辺りをにらみまわしたのです。
「ばっ、ば、ば、ば・・・」
家の人たちは、言葉にならない声をあげて驚きました。
その中に、お坊さんになっていた息子がいて、その息子がすぐに大きな声でお経を唱えはじめると、おばあさんはバタンと棺の中へ倒れて、また動かなくなりました。
次の日の夕方、お葬式の一行がおばあさんの棺をかついでお寺に向かうと、雲一つない空だったのに急に大雨が降り出して、雷までとどろきはじめました。
お寺まではもうすぐだったので、お葬式の一行はそのまま進んでいきました。
すると雨がピタリとやみ、棺が急に軽くなったのです。
「なんだなんだ? 棺が軽くなったぞ。おい、ちょっとのぞいてみよう」
一行が足を止めて棺の中を見てみると中は空っぽで、おばあさんが消えていました。
「これは、どういう事だ? もしかして、途中で落としたのか?」
葬式の一行は来た道を戻っておばあさんの遺体を探しましたが、いくら探しても見つかりません。
その時、棺をかついでいた一人が言いました。
「そう言えば雨がやむ前、空から黒い雲が降りて来て、稲光がはげしく走っただろう。その時に、棺が急に軽くなったぞ」
すると、棺をかついでいた別の人も言いました。
「ああ、確かにあの時だ。あの黒い雲が、おばばを連れて行ったんだ」
それからも家の人たちはおばあさんを探し続けましたが、ついに見つからなかったそうです。
おしまい