9月29日の百物語
エンコウ
高知県の民話
高知県ある地域では、むかしからカッパの事を『エンコウ』と呼んでいるそうです。
エンコウは川が大きな淵(ふち)になっているところに住んでいて、夜になると岸へ上って来ると言われています。
そしてエンコウの歩いた跡は、とても生臭い匂いが残っていると言われています。
明治二十年のある秋の夕暮れ、力自慢の男が川にかかった板橋の上にさしかかりました。
男が橋の上から川を見ると、今まで見た事もない生き物が川上へ向かって泳いでいたのです。
「人の子どもの様だが、あのぬめぬめと光る肌は人のものではない。あれは噂に聞く、エンコウに違いない」
そこで男は人間の頭ほどもある石を拾って、その不思議な生き物に投げつけました。
ゴチーン!
石は確かに命中しましたが、日が落ちて暗くなって来たので、男はそのまま家へ帰ってしまいました。
次の日、橋の下流の方で、エンコウが死んで川岸に打ちあげられたと大騒ぎになりました。
そのエンコウは頭の上に梅干しほどのくぼみがあり、手と足の指の間には水かきがついていて、とても嫌な匂いを放っていました。
「どうする? このエンコウ」
「どうするって、このままにしておくわけにはいかんだろう」
「そうだな、たたられても困るし」
そこで村人は占い師を呼んできて、どうすればいいのかを占ってもらいました。
すると占い師にエンコウの霊が取り憑いて、こう言ったのです。
「おらは、この川に住むエンコウじゃ。
むかしからの言いつけで、あの橋から上流へは行ってはならんと言われていたが、おらはそれを破って上流へ行ってみた。
そして男に石を投げられて、死んだのだ。
おらが死んだのは言いつけを破った罰だから、お前たち人間にたたる事はない」
エンコウの言葉通り、石を投げた男も村人たちも、それから何事もなく暮らしたそうです。
おしまい