10月3日の百物語
とろかし草
むかしむかし、清兵衛(きよべえ)という木こりが木を切っていると、
「助けてくれ〜っ!」
と、いう叫び声が聞こえて来ました。
「なんじゃ?」
清兵衛が声のする方を見てみると、何と丸太の様に大きな大蛇が一人の旅人を追いかけているところでした。
「わあ、わあ、こっちに来るな!」
びっくりした清兵衛は、あわててそばの木によじ登りました。
そして木の上から見ていると、旅人は清兵衛の目の前で大蛇にパクリと飲み込まれてしまいました。
人一人を飲み込んだ大蛇のお腹は、はち切れんばかりに大きく膨らんでいます。
さすがの大蛇も苦しそうですが、しばらくすると大蛇は草むらの中から黄色い草を探し出して、パクリパクリとその黄色い草を食べ始めました。
すると不思議な事に、大蛇の大きく膨らんだお腹がスーッと細くなったのです。
「さては、あの黄色い草は、食べた物を溶かしてしまう草だな」
やがて大蛇がいなくなると、清兵衛は草むらの中を探して大蛇が食べていた黄色い草を見つけました。
そしてその黄色い草をふところに入れると、一目散に逃げ帰りました。
村に帰った清兵衛は、村人たちに大蛇の事は話しましたが、あの黄色い草の事は話しませんでした。
次の日、村人たちが命拾いのお祝いをしようと、清兵衛の家に集まって来ました。
お祝いと言っても料理は手打ちソバで、安物のお酒を飲むだけですが。
みんなで機嫌良くお酒を飲んでいると、村一番の長者(ちょうじゃ)がこんな事を言い出しました。
「どうじゃ、この大皿に山盛りのソバを続けて五杯食えたら、田畑をやってもええぞ」
それを聞いた村人たちは、笑い出しました。
「長者どん、いくら何でも、それは無理じゃ」
「そうじゃ、そうじゃ。人食いの大蛇ならともかく」
するとそれを聞いて、清兵衛は大蛇が食べた黄色い草の事を思い出しました。
(大蛇か。あの黄色い草を使えば、何とかなるかもしれん)
清兵衛は立ち上がると、長者に言いました。
「よし、わしがやってやる!」
そしてみんなが止めるもの聞かず、ソバを食べ始めたのです。
清兵衛は死ぬ気で山盛りのソバを一杯、二杯、三杯と食べましたが、四杯目がどうしても食べられません。
村人たちは、清兵衛の様子がおかしいのに気づきました。
「清兵衛、どうした? 大丈夫か? だいぶ苦しそうだが」
「はあ、はあ、はあ」
「清兵衛、もう止めろ、とても無理だ」
村人たちが止めても、清兵衛は意地でも止めません。
(もう限界だ。ここであの草を使おう)
清兵衛は、大きなお腹をかかえて立ち上がると、
「すまんが、ちょっと便所へ行ってくる。すぐに戻るから、待っていてくれ」
と、便所に入ると、ふところからあの黄色い草を取り出しました。
さて、それからいくら待っても、清兵衛は便所から出て来ません。
「お〜い、いつまで入っとるんじゃ?」
「大丈夫か?」
村人たちが便所の戸を叩きますが、中から返事はありません。
「清兵衛! 清兵衛!」
いくら呼んでも返事がないので、村人の一人が戸をぶち破って便所の中へ入りました。
「清兵衛、しっかりせい!」
村人の一人が便所でうずくまっている清兵衛の背中を叩くと、清兵衛の着物がはらりと落ちて、その内側に山盛りのソバがあるだけでした。
「なんじゃ、これは!?」
実はあの黄色い草は食べた物を溶かす草ではなく人間を溶かす草で、黄色い草を食べた清兵衛は溶けてしまい、山盛りのソバだけが残っていたのでした。
おしまい