10月5日の百物語
小野小町のどくろ
京都府の民話
むかしむかし、京の都に、在原業平(ありわらのなりひら)という有名な歌人がいました。
平安時代を代表する六人の和歌名人である六歌仙(ろっかせん)の一人で、たいそうな美男子です。
この業平が若い時、二条の妃を館から誘い出そうとして、妃の兄弟に見つかってしまいました。
「よりにもよって妃をかどわかすとは、とんでもないやつだ」
そして怒った兄弟は、こらしめの為に業平のまげを短刀で切り取ってしまったのです。
「とほほほ。なんともなさけない姿になってしまった。これでは恥ずかしくて、都を歩く事が出来ない。・・・そうだ、髪が伸びるまで旅に出よう」
こうして業平は旅を続けて、やがて、みちのく(→東北地方)のやそ島というところのあばら屋に一夜の宿をもとめました。
「どれ、一首よもうか」
業平が筆を手にすると、あばら屋のまわりの草むらから、
♪秋風のふきちるごとに(秋風がふくたびに)
♪あなめあなめ(ああ目が痛い、目が痛い)
と、和歌の上の句をよむ、美しくも哀れな女の声が聞こえてきました。
「おやっ、なかなかの歌だぞ。しかし上の句だけとは、どうした事だろう?」
業平は声をたよりに歌の主を探したのですが、誰もいません。
「はて、不思議な事があるものだ」
業平は首をかしげながらも、眠りにつきました。
次の朝、業平がもう一度、草むらを探し歩いていると、草むらの中に一つのどくろがあって、その目の穴からススキが生えていました。
このススキが風にゆれるたびに、目が痛くてたまらなかったのでしょう。
「いったい、誰のどくろだろうか?」
業平が手を合わせていると、近くに住む村人がやって来て、こう言ったのです。
「それは、小野小町のどくろですよ。
小町は出羽(では→山形県)から都にのぼり、和歌の名人として名をあげた方です。
その上、素晴らしい美女で、恋のうわさもかずしれないお人じゃったが、どんな美女でも、いつかはばあさまになられる。
男から見向きもされなくなった小町は、都から、ひっそり戻って、ここで死なれたんじゃ」
「えっ? これがあの、小町のどくろ!? なんという事だ!」
業平の目に、思わず涙があふれました。
絶世の美女で和歌の名人だった小野小町が、今は草むらにどくろをさらしているなんて、なんと哀れな事でしょう。
そこで業平は、昨日聞いた上の句に、
♪小野とはいわじ(小町のあわれな最後とはいうまい)
♪すすき生いけり(ただ、どくろにススキがはえているだけ)
と、下の句をよんで一首にまとめ、さらに旅を続けたそうです。
おしまい