10月7日の百物語
言うな地蔵
むかしむかし、暴れ者のばくち打ちが、
「この土地を出れば、ちったあ運がまわって来るかもしれん」
と、考えて、旅に出ました。
けれども運がまわって来るどころか、持っていたお金を全て使い果たしてしまいました。
「あーあ、腹は減ったが、銭はなし。どうしたものか」
途方に暮れて峠のお地蔵(じぞう)さんの前に腰を下ろしていると、下の方から大きな荷物をかついだ男がやって来ました。
(これはしめた。あの荷物を奪ってやれ)
ばくち打ちは立ち上がると、怖い顔で近づいて来た男に怒鳴りました。
「おいこら! 荷物の中身はなんじゃい!」
怒鳴られた男は、びっくりして答えました。
「こっ、これは、食い物ですじゃ」
「よし、それを置いて行け! それから銭も、全て出せ!」
ばくち打ちは男のかついでいる荷物をつかむと、無理やり奪おうとしました。
すると男は、荷物にしがみ付いて言いました。
「これはやれん。家では子どもらが、腹を空かせて待っておるんじゃ」
「そんな事は知らん! 寄こさないと、殺すぞ!」
ばくち打ちは力ずくで荷物を取り上げると、必死に取り返そうとする男を殴り殺してしまいました。
「ふん! すぐに渡さん、お前が悪いんじゃ」
ばくち打ちは周りを見渡して人がいない事を確かめると、そばにあったお地蔵さんに言いました。
「おい、地蔵。見ていたのは、お前だけじゃ。この事は、誰にも言うなよ」
そして荷物を持って立ち去ろうとすると、お地蔵さんが口を開いてしゃべりました。
「おう、わしは言わぬが、わが身で言うなよ」
そしてお地蔵さんは、口を曲げてニヤリと笑ったのです。
「じっ、地蔵がしゃべった!」
さすがのばくち打ちもびっくりして、荷物をかつぐと転げる様に走り去りました。
それから何十年も過ぎた、ある日の事です。
あの時のばくち打ちは、まだ旅を続けていました。
けれども年も取って性格が丸くなり、今では人の良いおじいさんになっていました。
年を取ったばくち打ちは旅の途中で一人の若者と知り合い、その若者と仲が良くなって、ずっと一緒に旅を続けています。
「あの山を越えた所に、おらの家があるんじゃ。ぜひ、寄ってくれ」
若者に誘われて、ばくち打ちがうなづきました。
「そうか。では、ちょっと寄せてもらおうか」
しばらくして二人がさしかかったのが、あのお地蔵さんのある峠でした。
ばくち打ちがお地蔵さんを見てみると、お地蔵さんの口は一の字に閉まっています。
ばくち打ちはつい、仲の良い若者にお地蔵さんの事をしゃべりました。
「なあ、おもしろい事を教えてやろうか?」
「なんじゃ?」
「実はな、この地蔵さんは、口を開いてしゃべるんじゃ」
「まさか。石のお地蔵さんが、しゃべったりするものか」
「本当じゃ。この耳で、ちゃんと聞いたんじゃ」
「へえ。では、何てしゃべったね」
そう聞かれて、ばくち打ちは声をひそめて言いました。
「いいか、これは誰にも言うなよ。お前だけに、言うんじゃからな。絶対じゃぞ」
何度も念を押すと、ばくち打ちは話し始めました。
「もう、ずいぶんむかしの事じゃ。
その頃のわしは乱暴者で、ずいぶんと悪い事をしてきた。
そしてここで、わしは初めて人を殺した。
その殺した相手というのが、食い物を背負った男で・・・」
ばくち打ちは若者に、あの日の事を全部話してしまいました。
するとそれを聞いていた若者の顔が、みるみるまっ赤になってきました。
「うん? どうした、怖い顔をして」
若者は、ばくち打ちをにらみつけると言いました。
「それは、おらの親じゃ。
おらは親のかたき討ちをする為に、こうして旅をしていたんだ。
まさか、あんたが親のかたきだったとは。
おのれ、親のかたき!
覚悟!」
若者はそう叫ぶと、刀を抜いてきりかかりました。
むかしならともかく、年を取ったばくち打ちが、刀を持った若者に勝てるはずはありません。
ばくち打ちは若者に、切り殺されてしまいました。
その時、あのお地蔵さんが口を開いてしゃべったのです。
「馬鹿な男じゃ、わしは黙っていたのに、自分でしゃべりおったわい」
おしまい