10月14日の百物語
クジラと海の怒り
むかしむかし、クジラを捕って暮らしている村で、長い不漁が続きました。
村ではクジラの肉を年貢(ねんぐ)として納めていたので、このままでは年貢を納める事が出来ません。
「困ったのう。役人からは、早く年貢を納める様に言われているし」
クジラ捕りの親方は、頭を悩ませていました。
そんなある夜、クジラ捕りの親方は、不思議な夢を見ました。
それは、紋付き(もんつき)の着物を来た親クジラが現れて、
「わたしは明日、熊野参り(くまのまいり→和歌山県熊野三社へのお参り)に子クジラを連れて、この沖を通ります。
熊野参りは、クジラにとっても大切な事。
どうか、お見逃し下さい」
と、熱心に頼んだのです。
親方は夢に現れた親クジラに、固い約束をしました。
「よろしい。明日は船を出さんから、安心して沖を通るがいい」
次の朝早く、山の見張り台にのろしが上がり、村中にクジラが現れた事を知らせる鐘が鳴り響きました。
「クジラが来たぞー!」
それを聞いて、村中の漁師たちが浜へと急ぎました。
その騒ぎに目を覚ましたクジラ捕りの親方は、
「しまった! あのクジラが現れた!」
と、大急いで船をこぎ出す漁師たちのところへ行きました。
「おーい、船を出すな!
あのクジラは、熊野参りに行くクジラだ!
手を出すんじゃない!
わしはクジラに、船を出さんと約束したんじゃ!」
親方はそう言って船を出すのを止めましたが、漁師たちは親方の話を笑って聞き流しました。
「親方、人間じゃあるまいし、クジラが熊野参りに行くはずがありませんよ」
「しかしわしは、クジラと固い約束をしたんじゃ」
「夢の話でしょう。夢の事をいくら役人に言ったって、役人は年貢を待ってくれませんよ」
「だか、わしはクジラと・・・」
親方はなおも言いましたが、漁師たちはそのまま船をこぎ出して行ってしまいました。
漁師たちが沖に行くと、子連れのセミクジラがしおを吹きながら姿を現しました。
セミクジラの肉はおいしいので、とても高値で売れます。
セミクジラの親子は親方との約束を信じ切っているのか、船が近づいても逃げようとはしません。
やがて漁師たちの船はクジラの親子を取り囲むと、クジラの親子にアミをかけて動きを止めて、次々にモリを打ち込みました。
そのとたん、怒った親クジラが恐ろしい勢いで、漁師たちの船に襲いかかったのです。
親クジラは深く潜ると、たちまち山の様な巨体で漁師たちの船を空高く持ち上げ、強い尾の力で船を叩き壊します。
しかも親クジラが暴れるのに合わせて空が墨を流した様に真っ暗になり、突風が吹き荒れて嵐となったのです。
「駄目だ! 逃げろー!」
漁師たちはあわてて逃げ出しますが、暴れるクジラと嵐によって船は次々と沈んで、無事に浜へ戻った漁師は一人もいなかったそうです。
この事があってから、どの浜でも、
『セミ(→セミクジラ)の子連れは、夢にも見るな』
と、言われる様になったそうです。
おしまい