10月20日の百物語
三枚のお札
むかしむかし、ある山寺の小坊主が、クリ拾いに行きたくなりました。
「和尚(おしょう)さん、山へクリ拾いに行ってもいいですか?」
小坊主が聞くと、和尚さんは答えました。
「クリ拾いか。しかし、山には鬼ババが出るぞ」
「でも・・・」
小坊主が、どうしても行きたいとだだをこねるので、和尚さんは三枚のお札を渡して、
「困った事があったら、このお札に願いをかけなさい。きっと、お前を助けてくれるじゃろう」
と、小坊主を送り出しました。
小坊主は山に入ると、あるわあるわ、大きなクリがたくさん落ちています。
小坊主が夢中でクリ拾いをしていると、突然目の前に、鬼ババが現れました。
「うまそうな坊主じゃ。家に帰って食ってやろう」
小坊主は身がすくんでしまい、叫ぶ事も、逃げ出す事も出来ません。
そしてそのまま、鬼ババの家へ連れて行かれました。
恐ろしさのあまり小坊主が小さくなっていると、鬼ババはキバをむいて大きな口を開けました。
(たっ、大変だ。食われてしまうぞ)
小坊主はそう思うと、とっさに、
「ウンチがしたい!」
と、言いました。
「なに、ウンチだと。・・・うむ、あれはくさくてまずいからな。仕方ない、はやく行って出してこい」
鬼ババは小坊主の腰になわをつけて、便所に行かせてくれました。
中に入ると小坊主はさっそくなわをほどき、それを柱に結びつけると、お札を貼り付けて、
「お札さん。おれの代わりに、返事をしておくれ」
と、言いつけると、窓から逃げ出しました。
「坊主、ウンチはまだか?」
すると、お札が答えました。
「もう少し、もう少し」
しばらくして、鬼ババがまた聞きました。
「坊主、ウンチはまだか?」
「もう少し、もう少し」
またしばらくして、鬼ババが聞きましたが、
「もう少し、もう少し」
と、同じ事を言うので、
「もう我慢出来ん! 早く出ろ!」
と、言って、便所の扉を開けてみると、中は空っぽです。
「ぬぬっ! よくもいっぱい食わせたな。待てえ!」
鬼ババは叫びながら、夜道を走る小坊主を追いかけて行きました。
それを知った小坊主は、二枚目の札を取り出すと、
「川になれ!」
と、言って、後ろに投げました。
すると後ろに川が現れて、鬼ババは流されそうになりました。
けれど鬼ババは大口を開けると、川の水をガブガブと飲み干して、また追いかけてきます。
小坊主は、三枚目の札を出すと、
「山火事になれ!」
と、言って、後ろに投げました。
すると後ろで山火事が起きて鬼ババを通せんぼうしましたが、鬼ババは、さっき飲んだ川の水を吐き出すと、またたく間に山火事を消してしまいました。
鬼ババは、また追いかけてきます。
小坊主は命からがらお寺にたどりつくと、和尚さんに助けを求めました。
「和尚さん! 助けてください! 鬼ババです!」
「だから、やめておけといったのじゃ。まあ、任せておけ」
和尚さんは小坊主を後ろに隠すと、追いかけて来た鬼ババに言いました。
「鬼ババよ。わしの頼みを一つ聞いてくれたら、坊主をお前にやるが、どうだ?」
と、持ちかけました。
「いいだろう。何が望みだ」
「聞くところによると、お前は山の様に大きくなる事も、豆粒の様に小さくなる事も出来るそうだな」
「ああ、そうだ」
「よし、では豆粒のように、小さくなってくれや」
「お安いご用」
鬼ババは答えて体を小さくすると、豆粒の様に小さくなりました。
和尚さんはその時すかさず、鬼ババを餅(もち)の中に丸め込むと、一口で飲み込んでしまいました。
「おっほほほっ。ざっと、こんなもんじゃい。・・・うん、腹が痛いな。ちと便所に」
和尚さんが便所でウンチをすると、ウンチの中からたくさんのハエが飛び出してきました。
ハエは鬼ババが生まれ変わって、日本中に増えていったものだそうです。
おしまい