10月21日の百物語
疫病神
むかしむかし、ある月のない暗い晩の事。
一人の漁師が浜でアミに魚がかかるのを待っていると、暗い沖の方から、
♪えんや、こらさのやー
♪えんや、こらさのやー
と、たくさんの人の掛け声が聞こえてきました。
(はて。あの掛け声はなんじゃろう?)
耳をすましてみると、声はだんだん小さく、弱くなってきました。
「くたびれた。もうだめだ」
「島は、もうじきだ。それ、がんばれ」
何やら大変重い物を運んで来る様子です。
(なんか知らんが、助けてやらないと)
漁師は着物を脱ぐと、暗い海の中に飛び込みました。
そして声のする方へ泳いで行くと、運ばれて来るのは大きな流木(りゅうぼく)でした。
大勢の人が流木を、泳ぎながら押しているのです。
(きっと嵐にあって、難破(なんぱ)した舟の人たちだろう)
漁師は流木に手をかけると、一生懸命に押してやりました。
すると流木は思いのほかスルスルと運ばれて、島に押し上げる事が出来ました。
「どちらの方か、まことにかたじけない」
お礼の言葉に漁師がヒョイと顔をあげると、そこには人間か化け物かもわからない、ただまっ黒な物が立っていました。
(うひゃ! なんじゃこれは!?)
まっ黒い物は、どちらが前か後ろかもわかりません。
「あんた方、どこからやって来たんじゃね?」
漁師が恐る恐る聞くと、まっ黒い物が答えました。
「我々は疫病神(えきびょうがみ)でして、親方の言いつけで、この島に熱病(ねつびょう→肺炎など、高熱を出す病気の総称)を運んで来たんです」
(なんと! これは、とんでもないやつらの手伝いをしてしまったわい)
漁師がくやんでいると、疫病神が言いました。
「あんたは、親切なお人じゃ。
お礼にあんたの家にだけは、熱病は持って行かん様にする。
夜中に鳥が鳴き始めたら、きねでうすをコーンコーンと叩きなされ。
その音のする家にだけは、熱病を持って行かんから」
そう言ったかと思うと、疫病神たちはスーッと消えてしまいました。
「こりゃ、大変だ!」
漁師は村長の家へ駆け込むと、さっきの出来事をすっかり話しました。
「疫病神とは、よわった事じゃ。何とか熱病をよける方法はないじゃろうか?」
「あります、あります。はよう、村中の者を集めてくだされ」
♪ドンドンドーン、ジャンジャンジャーン
♪ドンドンドーン、ジャンジャンジャーン
村長が集合の合図のドラやタイコを打ち鳴らすと、村中の人が集まってきました。
漁師はさっき聞いた事を、みんな話して言いました。
「いいか。今夜疫病神の使いが、熱病を持って来るんじゃ。
夜鳥(やちょう→夜活動する鳥)が鳴いたら、村中の家で、きねでうすをコーンコーンと叩くんじゃ。いいな、一軒残らず叩くんじゃぞ」
それを聞いた村人たちは家に飛んで帰ると、一軒残らず庭にきねとうすを持ち出しました。
さて、真夜中になりました。
暗い空に夜鳥が、
ギャア、ギャアー
ギャア、ギャアー
と、騒がしく鳴き始めました。
するといっせいに、村中の家という家から、
コーンコーン
コーンコーン
と、きねの音が鳴り響きました。
これを聞いて、疫病神たちは困ってしまいました。
きねの音がする家へ熱病を届けてはいけないので、熱病をどこへ届けていいのかわかりません。
疫病神たちは一晩中うろうろしているうちに、とうとう夜が明けてしまいました。
それで疫病神はどこにも熱病を届ける事が出来ないまま、海の向こうへ帰って行ったのです。
おしまい