10月31日の百物語
天狗の間の幽霊
島根県の民話
むかしむかし、松江城(まつえじょう)の新しい殿さまが、お城の天守閣(てんしゅかく)の「天狗(テング)の間」でくつろいでいると、十二単衣(じゅうにひとえ)をまとって、まっ赤な袴(はかま)をはいた美しい女の人が壁の中から現れました。
そして美しい女の人は、びっくりしている殿さまに言いました。
「この城は、わらわの城なり。すぐに出て行くように」
相手がただ者でない事を感じた殿さまは、少し考えて答えました。
「このしろが、欲しいのか? 欲しければ、くれてやろう。しばらくここで待っておれ」
殿さまは天狗の間から出ると、漁師たちにコノシロという魚を持ってこさせました。
そして天守閣の天狗の間に運ばせようとしたのですが、怖がって誰も運ぶ者がいません。
「仕方ない、わたしが行くとするか」
殿さまが自分で持って行こうとすると、久弥(きゅうや)という小姓(こしょう→殿さまにつかえる少年)が申し出ました。
「わたしが、お持ちいたしましょう」
久弥は三方(さんぼう→神仏または貴人に供物を奉り、または儀式で物をのせる台)にコノシロを乗せると、いくつも階段を登って天守閣の天狗の間まで運んで行きました。
誰もいない天狗の間に入った久弥が、うやうやしく三方を差し出すと、奥の壁から十二単衣の美女が現れました。
美女は三方の上に乗っている魚を見て、不思議そうな顔をしています。
「・・・これは?」
美女の言葉に、久弥が答えました。
「これは、『コノシロ』と言う魚です。さあ、お約束の品を、どうかお受け取り下さい」
「・・・・・・」
「さあ。どうか、お受け取り下さい」
久弥にせかされて、美女はしぶしぶと三方を受け取りました。
殿さまは『この城』を『コノシロ』という魚にかけて、美女をだましたのです。
次の日の朝、小姓の久弥が運んだコノシロと三方が、お城の本丸(ほんまる→お城の中心部)の下で発見されました。
美女はそれ以後、二度とお城に姿を現しませんでした。
この美女は城を築いた時に間違えて城の下へ埋められた、前の城主の娘の幽霊(ゆうれい)だと言われています。
おしまい