11月4日の百物語
幽霊船
むかしむかし、カツオ取りの漁師たちが遠くの海へ出かけましたが、目的の場所へ到着する前に夜になってしまいました。
帰ろうにも向かい風が強くて、船が思う様に進みません。
「ああー、たいくつだな」
見張りの若い男がぼんやりと海を眺めていると、向かい風に逆らいながら近づいて来る船がありました。
「おや、あれはなんだ?」
その船は、船べりにも、ほづなにも、青白い炎が数え切れないほどともっています。
「ゆっ、幽霊船だ!」
それは万灯船(まんとうせん)と呼ばれる幽霊船で、この辺りの海にだけ現れるのです。
年配の漁師が、見張りの若い男に言いました。
「いいか。幽霊とは絶対に、口をきいてはいかんぞ」
「う、うん」
「それに、『ひしゃくで水をくれ』と言われたら、ひしゃくの底を抜いて渡すんだ。うっかり普通のひしゃくを渡したら、そのひしゃくで船に水を入れられて、船を沈められてしまうからな」
「わかった。口はきかずに、ひしゃくを渡す時は底を抜くんだな」
やがて幽霊船は風に逆らいながらも滑る様に近づいて来て、漁船とへさきを並べました。
船べりには、ひたいに三角のきれをつけた幽霊たちがいて、
「水をくれ〜」
「頼むから、真水を飲ませてくれ〜」
と、かぼそい声をしぼり出して言います。
幽霊は、男だけではありません。
女や子どもたちも、まじっています。
これを見た船頭が、漁師たちに言いつけました。
「おい。水のたるを五つ六つ、持って来い」
「何を言うんだ! そんなのとんでもねえ!」
漁師たちは、反対しましたが、
「いいか。
海の上では飲み水がないくらい、つらい事はない。
相手が幽霊船だとしても、ここはなさけをかけてやろうではないか」
と、船頭は言って、幽霊船になわを投げ渡して水のたるを次々とつるし、幽霊たちにたぐらせました。
船べりの幽霊たちは、うれしそうに水だるを受け取ると、ゆっくりとその場を離れていきました。
やがて風もおさまって、朝にはすっかり波のおだやかな海になりました。
そして漁を始めたところ、たちまちの大漁です。
それからというもの、この船頭の船は漁に出るたびに、必ず大漁だったそうです。
おしまい