11月5日の百物語
戻橋(もどりばし)の鬼女(きじょ)
京都府の民話
むかしむかし、源頼光(みなもとのらいこう)の家来で、渡辺綱(わたなべのつな)という人がいました。
綱はとても優れた武者で、主人の頼光からとても大事にされていました。
ある時、綱は主人の言いつけで、京のはずれまで出かけました。
その帰り道、綱が一条戻橋(いちじょうもどりばし)にさしかかると、橋のたもとから女の人が現れました。
見ると、この世の者とは思えないほど美しい女の人です。
「どうされたのですか? こんなところに、たった一人で」
綱が尋ねると、その女の人が答えました。
「はい、わたしはさるお方のお使いでこの辺りまでやってまいりましたが、帰る道に迷って途方にくれておりました。もしよろしければ、どうぞわたしを都までお連れ下さいませんか?」
「わかりました。では、わたしの馬にお乗り下さい」
綱は女の人を自分の馬の後ろに乗せましたが、橋の中ほどまで来た時、なにげなく水にうつった女の人を見て驚きました。
なんと自分の後ろにうつっているのは、恐しい鬼だったのです。
「貴様!」
綱が振り返ったと同時に、女の人は鬼の正体を現して言いました。
「あははははっ、我々の仲間を数多く殺した恨み、いまこそ晴らしてくれるわ」
そして丸太の様な腕で綱の体を軽々とつかむと、ふわりと空へ舞い上がり、そのまま空を飛んで鬼の住み家である愛宕山(あたごやま)へと向かいます。
(ぬぬっ、このままではまずい!)
綱は何とか、腰の刀を抜きました。
するとそれを見た鬼が、大笑いをします。
「あははははっ、我を斬るつもりか? 今、我を斬ると、お前は地面に落ちて死ぬ事になるぞ」
確かに、この高さから落ちては助かりません。
しかしその時、自分たちが進む方向に、北野天満宮(きたのてんまんぐう)の屋根が見えてきました。
(うまくあの上に降りる事が出来れば、怪我ぐらいですむかもしれん。天神さま、どうぞご加護を)
綱は意を決すると、自分をつまみ上げている鬼の腕を切り落としました。
「ウギャーーー!」
腕を切り落とされた鬼は大きな悲鳴を上げると、そのまま愛宕山に向かって消えてしまいました。
そして何とか北野天満宮の屋根に降りる事が出来た綱は、大した怪我もせずにすみました。
無事に家へ帰る事が出来た綱は、
(自分が生きているのは、全て天神さまのおかげです。ありがとうございました)
と、感謝すると、とても立派な灯籠を納めて、それからも信心に励んだという事です。
おしまい