11月18日の百物語
叱られた幽霊
むかし、とても口やかましい奥さんがいて、主人の侍に文句ばかり言っていました。
その奥さんが、ぽっくり死んでしまったのです。
「やれやれ、これで静かになったわい」
侍は悲しさよりも、奥さんが死んでほっとしていました。
ところが間もなく、奥さんの幽霊が毎晩侍のところへ現れる様になり、生きていた時と同じ様に、
『ああでもない、こうでもない』
と、文句を言うのです。
毎晩毎晩奥さんの幽霊に文句を言われて疲れ果てた侍は、とうとう病気になって寝込んでしまいました。
すると、それを聞いた仲間の侍たちがやって来て、
「おれたちが文句を言って、奥さんの幽霊を追い払ってやろう」
と、代わる代わる泊まりに来てくれては、奥さんの幽霊を追い払おうとがんばってくれました。
しかしそんな事で引き下がる幽霊ではなく、反対に仲間の侍に文句を言い続けて、仲間の侍をみんな追い返してしまったのです。
「あんた、なめんじゃないよ!
あんなへなちょこに頼んでわたしを追い出そうなんて、本当にあんたはだらしないね!
あんたは、むかしからそうだよ!
あんたはね、・・・・・・」
毎日がこんな調子なので、侍の病気はますます重くなる一方でした。
ある日、年寄りの侍がこの話を聞いて言いました。
「よし、わしが、なんとかしよう」
草木も眠るうしみつどき(→午前二時ごろ)。
いつもの様に病気で寝ている侍の枕元に現れた奥さんの幽霊は、また文句を言い始めました。
「だいたい、あの時にあんたが・・・。それから、あれがこうで・・・」
両手で耳を押さえながら苦しむ病気の侍の隣で、年寄りの侍は奥さんの文句を黙って聞いていましたが、ついにたまりかねて奥さんの幽霊に怒鳴りました。
「黙りなさい!!
あなたは侍の妻でありながら、何とけしからん女だ!
やる事が、ひきょうですぞ。
そもそも、そんななさけない姿を、人に見せるものではありません!
死は神聖な物であり、侍の美徳(びとく→ほめるべき、立派な事)です。
つつしみなさい!」
「・・・・・・」
奥さんの幽霊は何か言いたげでしたが、年寄りの侍の言う事は正論で言い返せないので、やがてきまりが悪そうに姿を消して、そのまま二度と現れませんでした。
病気の侍は奥さんの幽霊がいなくなっても病気が治らず、やがてこの世を去りましたが、幽霊を叱りつけた年寄りの侍には何のたたりもなかったそうです。
おしまい