11月21日の百物語
重箱お化け
むかしむかし、ある町のはずれに法華坂(ほっけざか)という急な坂があり、その坂の上と下に一軒ずつ茶店がありました。
旅人がよく使う坂ですが、その坂に重箱(じゅうばこ→食物を盛る箱形の容器で、2重・3重・5重に積み重ねられるようにしたもの)の様な顔をした化け物が現れ、しゃべる時に重箱がパカパカと開くとのうわさが広まりました。
町の人たちはその化け物を『重箱お化け』と呼んで、怖がっています。
ある日、町の人から重箱お化けの話を聞いた侍が、
「重箱の化け物など、拙者(せっしゃ)が退治してくれよう」
と、法華坂に行きました。
侍は腰の刀に手を掛けながら、今出るか、今出るかと、用心深く坂を登りましたが、坂を登りきっても何も出ません。
「ふん、拙者が怖くて、出て来られんのじゃろう。・・・やい、重箱の化け物め! 出るなら出て来い!」
侍は怒鳴りましたが、やっぱり重箱お化けは出てきません。
「けっ、つまらん!」
侍は上の茶店に行くと、縁台(えんだい→木・竹などで作り、庭などに置いて夕涼みなどに用いる、細長い腰かけ台)に腰を下ろしてわらじのひもをしめなおしながら言いました。
「おい、おかみさん。おかみさん」
「はーい」
「おかみさん、何か温かい物を食べさせてくれんか」
「はい、はーい」
茶店のおかみさんは、向こうをむいたまま返事をしました。
侍は近くにあった茶わんに自分でお茶を入れて、お茶を飲みながらたずねました。
「おかみさん。ここらに重箱の化け物が出ると聞いたが、今でも出るかな?」
「はい。重箱お化けですね。時々出ますよ」
「ほう、出るかね。そいつは、お目にかかりたいもんだ」
すると、おかみさんは後ろ向きのまま侍に近づいて、
「いいですよ。重箱お化けに会わせましょう」
と、いきなりクルリと、侍の方を向きました。
そのおかみさんの顔が大きな重箱の様に、まっ四角で、顔には目も鼻も口もありません。
そして口の辺りがパカッと開いて、
「こんなもんです。ベーッ」
と、真っ赤な長い舌でアカンベーをしました。
「うわーっ!!」
びっくりした侍は退治をするどころか逃げ出すのが精一杯で、茶店を飛び出すと転がる様に坂をかけおりて行きました。
そして坂の下にある茶店に飛び込むと、ハアーハアーと息を切らせて柱につかまりながら、そばの縁台に腰を下ろしました。
よっぽど怖かったのか、ひざがガクガクと震えています。
やがて深呼吸をして落ち着きを取り戻すと、侍は茶店で働いている女の人に声をかけました。
「たった今、重箱の化け物を見てきたぞ! いやはや、重箱の化け物とは、恐ろしい顔であったわ」
「重箱お化けですね」
「ああ、その重箱の化け物だ。しかしお前さん、あんなに恐ろしい重箱の化け物が出るこんな所で働いて、恐ろしくはないのかね?」
「いいえ、ちっとも」
茶店の女は、振り向きもせずに答えました。
「そうかい。だかそれは、重箱の化け物を見た事がないからだ。あれを見れば誰だって」
「あら、知っていますよ」
そう言って茶店の女は、くるりとこちらを向いて言いました。
「だってあたしも、『重箱お化け』ですから。ベーッ」
「ギャアアーー!! 重箱の化け物だーーー!!!」
侍は飛び上がるとすごいはやさで町へ逃げ帰り、法華坂には二度と近寄らなかったそうです。
おしまい