11月22日の百物語
大ムカデの妖怪
むかしむかし、ある山に大ムカデの妖怪(ようかい)が住んでいました。
どんな姿をしているのか見た者はいませんが、毎年、秋の名月(めいげつ)が近づく頃になると、近くの村の娘がいる家の屋根に白羽(しらは)の矢が撃ち込まれるのです。
そして白羽の矢を撃ち込まれた家では名月の夜に娘を棺おけに入れて、山のふもとまで運んで行かなければなりません。
もし娘を連れて行かなかったら、村中の田んぼや畑がメチャメチャにされてしまうからです。
だから村人たちは泣く泣く、この恐ろしいならわしにしたがっていました。
ある年、石黒伝右衛門(いしぐろでんえもん)という武士の家の屋根に、白羽の矢がたちました。
伝右衛門(でんえもん)には十六歳になる美しい娘がいて、目に入れても痛くないほどに可愛がっています。
その娘を、大ムカデに差し出せというのです。
(どんな事があっても、大切な娘を渡すものか)
しかし娘を出さなくては、村人たちがひどい目に合わされます。
いかに武士でも、村のならわしを破る事は出来ません。
(こうなれば、わしが妖怪を退治してやる)
名月の夜、伝右衛門は娘を家の蔵(くら)に隠すと、みずからが娘に変装して棺おけの中へ潜り込みました。
なにも知らない村人たちは、
「あんな可愛い娘さんまでもが、大ムカデの人身御供(ひとみごくう→いけにえ)になるなんて」
と、言いながら、伝右衛門の入った棺おけを山のふもとまで運びました。
やがて村人たちが帰って行くと、伝右衛門は棺おけの中で刀をにぎりしめ、棺おけに開けた穴から外の様子をうかがっていました。
月の光が明るく、草の葉がそよそよと風にゆれています。
やがて夜がふけると、静かだった風が激しくなり、草の葉が大きくうねりだしました。
「来たか?!」
伝右衛門が身構えると、ふいに青白い目をランランと光らせた大ムカデが現れました。
大ムカデは何百本とある足で草をなぎ倒し、棺おけの方へ近づいてきます。
その恐ろしい姿は、武士の伝右衛門でも息をのむほどです。
大ムカデは長い体で棺おけを取り囲むと、頭を使って棺おけをひっくり返しました。
伝右衛門はクルリと一回転して外へ飛び出すと、素早く女の着物を脱ぎ捨てて刀を抜きました。
棺おけから出てきたのが男だったからか、大ムカデの動きが一瞬止まりましたが、怒った大ムカデはすぐに頭を振り上げると、鋭い牙で伝右衛門にかみつこうとしました。
ムカデの牙には、毒があります。
こんな大ムカデにかまれたら、人間なんて一瞬で死んでしまいます。
伝右衛門は大ムカデの牙を刀で受け止めると、大ムカデの首を目がけて刀を突き刺します。
しかし大ムカデは頭を大きく後ろへのけぞらせて、その刀をよけました。
「今だ!」
伝右衛門は大ムカデのわずかな隙をついて、大ムカデの牙を切り落としました。
こうなると、武器を失った大ムカデに勝ち目はありません。
大ムカデは伝右衛門に体を切り刻まれて、ついに力尽きて動かなくなりました。
「やった、やったぞー!」
伝右衛門は大ムカデの死を確かめると、大急ぎで村に駆け戻りました。
そして話を聞きつけた村人たちが山のふもとへ駆けつけると、そこには大ムカデの姿はなく、黒々とした血の跡が山の方まで続いていました。
「大ムカデは、本当に死んでしまったのだろうか? もし生きていたら、どんな仕返しをされる事か」
村人たちはビクビクしながら次の年の秋を待ちましたが、名月が近づいても娘のいる家に白羽の矢はたたず、田んぼや畑も無事でした。
村人たちは大いに喜び、伝右衛門の勇気をあらためてほめたたえました。
おしまい