11月26日の百物語
カッパと伝次の約束
熊本県の民話
むかしむかし、ある村に、一匹のカッパが住んでいました。
このカッパは力が強くて、大変なすもう好きです。
おまけにイタズラも大好きだったので、村人たちはカッパのイタズラにほとほと困っていました。
ある日の事、お百姓(ひゃくしょう)の伝次(でんじ)が川辺でウマを洗っていると、カッパが川の中から手を伸ばしてウマの『しりこ玉』を取ろうとしたのです。
しりこ玉とは、お尻にあるとされるカッパの大好物です。
それに気づいた伝次が、カッパを怒鳴りつけました。
「何を悪さするか。ひねりつぶしてやるぞ!」
伝次は村一番の力持ちなので、カッパを怖くありません。
するとカッパも逃げようとはせずに、伝次に言いました。
「ふん! 伝次よ。お前は村一番の力持ちというが、しょせんは人間だ。カッパのおいらには勝てねえぞ」
「なにを、生意気な!」
「それじゃあ、いっちょう勝負だ!」
「こい、受けてやる!」
こうして伝次とカッパの、とっくみあいが始まりました。
伝次もなかなかの力持ちですが、やはり力ではカッパにかないません。
「おらおら、どうした伝次。それで力一杯か?」
伝次はカッパに押されぎみですが、それでもすもうの腕前は伝次の方が上で、伝次はすもうの技でカッパを投げ飛ばしました。
するとその時、カッパの頭のお皿に入っている水がこぼれてしまったのです。
「しまった!」
頭のお皿の水は、カッパの力のみなもとです。
こうなっては、カッパは力が出ません。
カッパは伝次にねじふせられて、ウマ小屋の柱にしばりつけられてしまいました。
「日干しにしてやる。そこにずっとおれ」
伝次は言い捨てると、家の中へ入ってしまいました。
しばらくすると伝次のおかみさんがウマに水をやるため、おけに水を入れてやってきました。
(水だ! あの水があれば、こんななわぐらい)
そこでカッパは、伝次のおかみさんをからかいました。
「やーい、このブサイク女。鼻ペチャ女」
「なにをー!」
おかみさんは怒って、思わずおけの水をカッパの頭の上からかぶせてしまいました。
「ケッケケケ。ありがとよ」
頭のお皿に水がたまって元気を取り戻したカッパは、なわを引きちぎって川へ逃げて行きました。
それからしばらくたった、ある夜の事です。
伝次が畑の中の道を歩いて隣村から帰って来ると、あのカッパが畑からイモを盗んでいるのが月明かりに見えました。
「こらっ! カッパめ! お前はまだ、悪さをしておるのか!」
伝次が大声で怒鳴ると、カッパが言いました。
「よし、いっちょう勝負だ!」
カッパはすもうのしこをふむと、伝次に飛び掛って行きましたが、またしても伝次に投げ飛ばされて頭のお皿の水をこぼしてしまったのです。
「どうだ。もう絶対に悪さはしないと約束するか。しなければ、今度は本当に日干しにしてくれるぞ」
「約束する」
「それは本当か? うそじゃないだろうな!」
「本当だ。カッパは、うそはつかぬ」
「よし、なら証文(しょうもん)を書け」
そこで伝次はカッパに、証文を書かせました。
しかし紙の証文では破れてしまうので、二つの石に証文を刻ませて、お互いに一個ずつ持つ事にしました。
その石の証文には、
《この石がくさるまで、人間に悪さはしません》
と、刻まれています。
その後、カッパは約束を守って、村人たちにイタズラをしなくなりました。
けれども、『ウマに悪さはしません』とは書かれていないので、相変わらずウマにはイタズラをしたそうです。
おしまい