12月5日の百物語
しょうじにうつる死んだ娘の影
岩手県の民話
むかしむかし、遠野郷(とうのごう→岩手県遠野市)の附馬牛(つくもうし)というところにある家の娘が、突然病気でなくなりました。
それからというもの、毎晩娘の幽霊(ゆうれい)が出るようになったのです。
娘の幽霊は、薄ぼんやりとしょうじにうつります。
すると眠っていた家の人が、苦しそうにうなされるのです。
「あのやさしい娘が、わしらを苦しめるはずがない。これはひょっとしたら、キツネの仕業かもしれんぞ」
そこで家の人たちは、村人たちに相談してみました。
「よし、そう言う事なら、おれたちが見張りをしてやろう」
そう言って若者の何人かが、馬小屋などに隠れて見張り番をはじめました。
ところが夜中になってしょうじがボーッと明るくなると、
「うわぁぁーっ、幽霊だーっ!」
と、みんなはびっくりして逃げ帰ってしまいました。
そんなある日、この家の隣に住んでいた、なくなった娘のお兄さんが言いました。
「もし本当の妹が幽霊になって出るのなら、いっぺん会ってみよう」
その夜、お兄さんが物陰に身をひそめていると、真夜中ごろ、奥座敷(おくざしき)のしょうじがボーッと明るくなりました。
(現れたな。本当に妹なら、成仏出来ない訳を聞かねば)
お兄さんがそっとしょうじに近づくと、確かに女の人の影の様な物がうつっています。
でも良く見ると、それは妹の幽霊などではなく、二本足で立ち上がった一匹の大ギツネだったのです。
大ギツネはしょうじに体をくっつけて、座敷の様子をうかがっています。
(やっぱり、キツネだったか)
お兄さんは足音をたてないように床下をはっていって、ワラ打ちの木づちで大ギツネを力一杯たたきました。
ゴン!
確かに手ごたえがあったものの、大ギツネそのまま逃げてしまいました。
「待て! この悪ギツネめ!」
お兄さんはすぐに後を追いかけましたが、山の中で大ギツネを見失ってしまいました。
大ギツネがどういう理由で現れていたのかはわかりませんが、それから大ギツネは二度と現れなかったそうです。
おしまい