12月8日の百物語
首なし幽霊
むかしむかし、一人の酔っ払いが、大声で歌を歌いながら夜道を歩いていました。
♪ああ、良い月だ、良い月だ
♪昨日も今日も、良い月だ
♪きっと明日も、良い月だ
そこへ、田舎から来た侍が通りかかりました。
「おい、待て。ちょっと道をたずねるが」
侍が、いばった口調で言ったので、腹が立った酔っ払いが侍にどなりつけました。
「なんだこら! 『おい、待て』とはなんだ! 人にものを聞くなら、もっと丁寧に言え! この田舎侍めが」
「何を、何と無礼な!」
侍は刀を抜いて、目にも止まらぬ早業で酔っ払いの首をはねました。
そして侍はパチンと刀をさやにおさめて、そのまま後も振り向かずに立ち去って行きました。
「ふん、腰抜けの田舎侍め。斬る真似だけか」
首を斬られた酔っ払いは、ぶつぶつ言いながら歩いて行きました。
ところがどういうわけか、すぐに顔が横を向いてしまいます。
「おかしいな? ちゃんと前を見ているのに、どうして横を向くのだろう?」
酔っ払いは自分の顔を両手でまっすぐ前に向けますが、しばらくすると、また顔が横を向いてしまいます。
「ちと、飲み過ぎたかな?」
そのうちに酔っ払いは石につまずいて、前へ倒れそうになりました。
するとそのひょうしに、頭ががくんと前へ傾きました。
「おや?」
酔っ払いが思わず首に手をやると、なんと首が皮一枚でつながっているだけです。
「うわあ、やられた!」
酔っ払いは、ようやく首を斬られた事に気づきました。
「大変だ! このままでは、死んでしまう!」
酔っ払いは両手で首をおさえて、医者の家に向かって走り出しました。
その時、
「火事だ!」
と、言う声がして、あちこちから人が飛び出して来ました。
見ると、向こうの空がまっ赤です。
「火事はどこだ!?」
「あっちだ!!」
みるみるうちに弥次馬(やじうま)が集まり、火事場の方へ駆け出しました。
ぼやぼやしていたら突き飛ばされて、首をなくしてしまうかもしれません。
そこで酔っ払いは、ひょいと首をはずすと、両手にかかえて走り出しました。
「はい、ごめんよ、ごめんよ」
これを見た弥次馬たちは、びっくりして立ち止まり、
「く、く、首なし幽霊!」
と、叫んで、火事場にかけつけるのも忘れてしまったそうです。
おしまい