12月10日の百物語
地獄めぐり
栃木県の民話
むかしむかし、日光(にっこう)の寂光寺(じゃっこうじ)というお寺に、覚源上人(かくげんしょうにん)というお坊さんがいました。
ある日の事、上人(しょうにん)は、横になって休んだままの姿で死んでしまったのです。
しかし、上人の体はまるで生きているように温かく、肌も普通の色です。
確かに息もしていませんし、心臓も止まっているのですが、普通の死人とは違います。
「・・・どうすれば、いいだろう?」
人々は困ってしまい、どうしたものかと考えているうちに十七日が過ぎてしまいました。
すると突然、上人がパッチリと目を開けたのです。
「おおっ! 開いたぞ、目が開いた。生き返ったぞ!」
上人は心配そうに集まっていた人々を見回して、今の状況を理解しました。
「どうやら、わしは今まで死んでいたようだな。
みなさん、ご心配をおかけしてすまなかった。
実はわしは、たった今、めいどの旅から帰ってきたところなのじゃ。
ちょうどよい、みなさんにぜひ話しを聞かせたい」
そう言って、上人は不思議な話しを始めました。
「ふと気がついたわしは、雲に乗ってまっ暗闇の中を、どこまでもどこまでも進んで行ったんじゃ。
すると、炎に包まれた山門(さんもん)があってな、そこには鬼が立っておった。
これが有名な地獄門(じごくもん)だと、わしは思った。
門をくぐるとそこは閻魔(えんま)堂でな、閻魔大王の前には大勢いの人々が並んでおり、その人々を閻魔大王が裁くのじゃ。
一番前の男が閻魔大王の前に引き出されると、こう言った。
『大王さま、あっしは地獄に落ちる様な事は、何もしちゃぁー、いませんぜ』
すると閻魔大王は、恐ろしい声で怒鳴った。
『黙れ! お前は犬を三匹、ネコを六匹、殺したであろう!』
『へい、確かに。・・・しかし、犬やネコを殺しても、地獄へ落とされるんで?』
『当たり前だ! 例え虫一匹とはいえ、命のありがたみは人間と同じ、面白半分で殺せば罪となる。お前は地獄へ行き、五百年間、鉄棒で打たれ続けるがよい!』
閻魔大王が言うと鬼たちがやって来て、その男を引きたてて行ったんじゃ。
『次、前に出い!』
『へん! どうとでも好きにしろ! 地獄行きは覚悟の上だ』
『そうか。お前の様に反省の色がない奴が、もっとも罪が重い。お前が行くのは黒縄地獄だ。そこで一千年の間、熱く焼かれた鉄の縄で体をしばられ続けるのだ。よし、次!』
こうして閻魔大王は、地獄に落ちた人間を次々に裁かれていってな、そしてとうとう、わしの番が来たんだ。
すると閻魔大王は、こう言ったのじゃ。
『覚源(かくげん)よ、お前をここへ呼んだのは、罪人(つみびと)としてではない。
お前も見ておったように、近ごろは地獄へ来る人間の数が増えるばかりだ。
これは、生前に悪い事をすれば、死後に地獄へ落ちるという事を忘れているからではなかろうかと思ってな。
そこで人々に説教(せっきょう)する役目のそなたに、地獄の恐ろしさをよく見てもらって、ここへ来る人間が一人でも少なくなるよう、人々に話してもらいたいのじゃ』
と、言うわけで、わしは地獄巡りをする事になった。
地獄ではな、どんなに苦しくても死ぬ事は出来んのじゃ。
たとえ体を切り裂かれても、いつの間にか元へ戻っていて、永遠に苦しみが続くのじゃ。
重い荷物を背負って、針の山を登って行く人々。
熱い血の池で、もがき苦しむ人々。
地獄にはそんな人々の叫び声や、うめき声が続いておる。
『よいか、死んでまでこんな苦しい思いをする事はない。人間は、こんなところへ来てはならんのだ』
と、閻魔大王が言うたんじゃ。
『よくわかりました。この覚源、残る人生をかけて、一人でも地獄へ来る人間が少なくなりますように、説教を続けましょう』
閻魔大王にこう約束して、わしは地獄から帰って来たのじゃ」
その後、上人は一人でも多くの人が地獄の苦しみから救われる様にと、地獄の話を語ったという事です。
おしまい