12月12日の百物語
油取り
むかしむかし、ある村に、平作(へいさく)というなまけ者がいました。
いい年をしているくせに嫁も迎えず、仕事もせずに、一日中ゴロゴロしているのです。
そんな平作にも、毎日欠かさずしている事がありました。
それは観音堂に行って、観音さまにお願いをする事です。
「観音さんや、おら、ずいぶん働いてきましたで、これからはうまい物を食うて遊んでいられるところを教えてくだせえまし」
それを知った村人は、あきれてしまいました。
「なにが『ずいぶん働いてきました』だ。働きもせずに遊んでいる奴に、観音さまが願いを聞いてくれるわけがなかろう」
でもある晩、平作の夢枕に観音さまが現れたのです。
「平作。明日の夜明けに、西へ進んで行くがよい。さすれば、お前の願ったところへ行けるだろ」
翌朝、平作は一番鶏の声と共に飛び起きると、西へ向かって走りました。
野をこえ、川をこえ、山をこえると、なんと海に出てしまいました。
「なんだ。ここで行き止まりでねえか。ここが、お告げのところか?」
平作が辺りを見回すと、一軒のあばら家がありました。
中をのぞくと白髪のおばあさんが出て来て、ジッと平作を見つめます。
平作が観音さまのお告げを話すと、おばあさんが言いました。
「ああ、それは、向こうの島だ」
「島?」
島と言われても平作は泳ぐ事は出来ず、近くに舟もないのでどうする事も出来ません。
「心配いらん。浜に立って手を三つ叩けば、島から迎えの舟が来るわい」
おばあさんはそう言って、家に引っ込んでしまいました。
「本当だろうか?」
平作は言われた通りに浜に立って、手をパン、パン、パンと三つ叩きました。
すると沖の方から、一そうの舟が浜に近づいてきます。
舟にはおじいさんが乗っていて、ろで舟をこいでいました。
おじいさんは浜にあがると、平作にうやうやしくおじぎをして言いました。
「お迎えにあがりましたで、どうぞ」
平作が舟に乗ると舟は波をきって沖へ進み、あっと言う間に島へ着きました。
「確か、平作どんと言いましたな。おめえさまの願いは、よーくわかっております。この坂の先にある館へ行ってみなされ」
おじいさんはそう言うと、どこかへ行ってしまいました。
平作は坂を登ると、石垣に囲まれた立派な館がありました。
「もうし、もうし、お告げのお家はここですか?」
平作が戸を叩きながら言うと、中から油ぎった男が現れました。
「おお、遠いところよく来てくださった。お待ちしておりましたぞ」
平作が案内された奥の部屋には、お酒やさかなが並べてあります。
「遠慮はいらん。ささ、やってくだせえ。ささ」
男がお酒をついでくれたので、平作はたらふく飲んで食って寝てしまいました。
しばらくして目を覚ますと、新しいお酒と料理が並んでいます。
「さあ飲め、さあ食え」
平作は男がついでくれたお酒を飲みながら、観音さまに感謝しました。
「世の中に、こんな素晴らしいところがあったとは。さすがは、観音さまのお告げだ」
平作は毎日毎日、朝から飲んで眠り、食って眠りました。
日がたつと平作は丸々と太って、体中がギラギラと油ぎってきました。
その太った平作を、男は満足そうにながめて言いました。
「ようこえなすったな。おめえさんを見れば、誰だってここに来たがりますで、ここから一歩も外へ出たり、他の部屋をのぞいたりせんでくだされ。ささ、もう一杯いきましょう」
男はまた、平作にお酒をついでくれました。
そんなある晩の事、平作が小便に行こうとすると、向こうの部屋からうめき声がしてきました。
「こんな夜中に、何だべ。・・・あーっ!」
平作は戸のすき間から中をのぞいて、血の気を失ってしまいました。
その部屋のまん中には炭火が真っ赤に燃えており、その上になべがグラグラと煮えたぎっています。
そして天井から今の平作の様に太った男が逆さづりにされて、目から鼻から口から耳から全身から、あぶら汗がポターリ、ポタリとなべの中にたれているのです。
なべの横にはあの男が座っていて、時々なべの中の油をすくっては味見をしています。
「うん、だいぶ濃くなってきたぞ。
だが、まだたらんわい。
これに、平作の油をたすとするか。
やつには、しこたま酒を飲ませてきたでな。
明日が、楽しみじゃ」
それを聞いて怖くなった平作は外へと飛び出すと、後ろも見ずに逃げ出しました。
するとそれに気づいた館の男が、平作を追いかけてきます。
「まてえ、まてえ、平作!」
平作は太っているので、思う様に走れません。
平作は何度も転びながら、やっとの事で浜に着きました。
「まてえ、動くなっ!」
男の声は、すぐそこまで近づいています。
「まってたまるか!」
平作は近くに舟小屋を見つけると、中に飛び込みました。
舟小屋の中にはたくさんのたるがあったので、平作はそのたるの一つに入って息を殺します。
男は舟小屋の近くに来ると、舟小屋の周りをウロウロと調べました。
「確か、この辺に来たはずだ。さては、舟小屋に逃げ込んだか」
男は舟小屋に入ってくると、手に持ったヤリで手当たり次第にたるを突き刺していきます。
「どこだ? どこにいる? 隠れても無駄だぞ。油は死んでいても取れるのだからな」
たるはどんどん壊されていき、残ったのは平作が隠れているたるだけです。
「最後の一つ、ここだな!」
平作はブルブル震えて、もう生きた気がしません。
「平作! かくごせいっ!」
男はたるごと、平作の体をヤリで突き刺しました。
「うわぁーーーーーーっ!」
平作が叫んで目を覚ますと、なんとそこはいつもの観音堂だったのです。
働きもせずに都合の良い事をお願いする平作を、観音さまがこらしめたのでした。
おしまい