12月29日の百物語
熊蔵と大蛇
熊本県の民話
むかしむかし、天草(あまくさ→熊本県の天草市)のある村に、熊蔵(くまぞう)というお百姓(ひゃくしょう)がいました。
熊蔵は背の高い大男で、大変な力持ちです。
ある日の事、熊蔵が村はずれの谷間の畑で畑仕事をしていると、山から六、七メートルもある大蛇(だいじゃ)が現れました。
大蛇は真っ黒な舌をペロペロと出しながら、熊蔵に向かってきました。
「仕返しに来たのか?!」
熊蔵は畑や家の庭先にヘビが現れるといつも殺しているので、そのうらみを大蛇が晴らしに来たのだと思いました。
熊蔵はあわてて逃げようとしましたが、畑のやわらかい土に足を取られて思う様に逃げられません。
近づいて来た大蛇が熊蔵に大きな口を開けた時、熊蔵は近くにあったてんびん棒で大蛇の頭を何度も叩きました。
「こいつめ! こいつめ!」
しかしいくらてんびん棒で打ち付けても、カーン、カーンと、鉄か石を打った様な音がするだけで、大蛇にはまるで通じません。
熊蔵はてんびん棒を放り投げると、大蛇に言いました。
「まて、まて。ちょっと待て。
おらには、親もあれば兄弟もおる。
これから家へ帰って、別れのあいさつをしてくる。
それが終わってから、どちらが死ぬか生きるかの勝負だ。
必ず戻って来るから、お前はここで待っていろ。
いいか、絶対に逃げるなよ」
すると大蛇は熊蔵の言葉がわかったのか、ひと休みする様に、その場で長い体をクルクルと巻いて大きなとぐろを作りました。
熊蔵は走って家に帰ると、大蛇が出た事を大声で叫びながら、刀を手にして畑へ引き返しました。
すると近所の人たちもカマや棒切れを持って、熊蔵の後を追いかけてきました。
ところが畑についてみると、大蛇の姿は消えていたのです。
「おい、熊蔵。大蛇は、どこにおるんじゃ?」
「お前、寝ぼけておったんじゃねえのか?」
大蛇退治に張り切って集まった者たちは、残念そうな顔をしています。
「おかしいな。もしかして、キツネかタヌキに化かされたかな?」
熊蔵が首を傾げていると、周りを調べていた人が大声をあげて言いました。
「おーい、こっちへ来てみろ! 大蛇の通った跡があるぞ!」
みんなが行ってみると、山向こうから畑までの草木がなぎ倒されており、その遠くの方に逃げて行く大蛇の尻尾が見えたと言う事です。
おしまい