7月11日の小話
くさい商法
むかし、むかし、上野は、しのばずの池の弁天(べんてん →詳細)さまが、ひさしぶりのお開帳(かいちょう→ふだんは見せない物を公開すること)ということになりました。
さあ、ゆうめいな弁天さまのこと。
お堂のある小さな島は、朝早くから日のくれまで、たいへんなにぎわい。
あめ屋に、だんご屋、おもちゃ屋など、小さな出店の客をよぶ声に、チンチンチンと器用に子どもの名前をほりあげる、まい子の札売りまで、そして、ひときわさわがしいのは、四六のガマの油売りに、古着屋のたたき売りに、松井源水(まついげんすい→有名な、こま回し師)のこま回し。
出店から少しはなれたところには、茶屋も、ずらりとならんでいます。
ところが、この島は弁天さまの島ですので、やたらに小便ができません。
これがまことに不便(ふべん)で、とりわけ女の人は、こまりはててしもうた。
これを見て、頭のいい男が、茶店のうらをかりて、貸し便所をつくった。
ひとりがつかうたんびに、五文(百五十円ほど)ずつとるので、たいへんなもうけです。
太郎作(たろうさく)は、客のたえない便所を見て、
「なるほど。こいつあ、うまい思いつきだ」
すっかり感心して、
「よし。おれも便所をつくって、ひともうけしよう」
と、さっそく家に帰って、女房にそうだんすると、
「一けんできたあとだもの。いまさらたてたところで、はやりっこないよ」
と、はんたいします。
「なあに、そんなことがあるもんか」
と、太郎作は、女房をむりやりときふせて、いまある便所のすぐとなりに、新しいやつをたてました。
ところが、太郎作の便所は、たてたそのときから、大はんじょう。
お客がずらりとならんで、じゅんばんを待たねばならないというありさま。
それにくらべて、はじめからあるとなりの便所ヘは、入るものがひとりもいません。
夕方になると、太郎作夫婦は、おもい銭箱(ぜにばこ)をかついで、家に帰ってきた。
「どうだい、女房。やっぱり、おれのいったとおりだろう」
と、太郎作は、鼻たかだかです。
女房は、いかにもふしぎそうに、
「それにしても、どうしてまあ、うちのほうばっかりに、人がくるんでしょうねえ?」
と、たずねれば、太郎作は、すました顔で、
「じつはな。ちっと、頭をつかった」
「あれ、おまえさんがかい?」
「そんなに、ふしぎがることはない。なに、となりの便所には、おれが一日中、入っていたんだ」
おしまい
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