3月30日の日本民話
オオカミばあさん
京都府の民話
むかしむかし、たびたびのききん(→不作のために食べものがたりなくなること)にくわえ、わるい病気がはやって村人たちがおおぜい死んだことがあります。
丹波(たんば→京都府)の山あいの村に、スギというおばあさんがすんでいました。
「ああ、うちにも孫がでけた。ええ男の子や」
そういってよろこんだのもつかのまで、ある年の秋、息子と嫁とかわいい孫が、あいついで死んでしまったのです。
一人っきりになったおばあさんは、生きる気力をなくしてしまい、
「生きていてもしかたねえ、はよう、わしも死なしてくれえ」
と、ただ泣いてくらしていました。
まもなく冬がきて、山に雪がふりはじめたころ、おそろしいオオカミが里のほうへおりてきました。
そして子どもがオオカミに食い殺されたので、村人たちは大さわぎです。
おスギばあさんが人前に姿を見せなくなったのは、そのころからでした。
と、いっても、決していなくなったわけではなく、夜になると家には明かりがつきましたし、かまどのけむりもあがります。
そのころ、村にはおそろしいうわさが広がりました。
「あのばあさん、オオカミをかっとるんや」
「そうそう、朝晩、オオカミにごはんをたべさしているそうだ」
うわさはうそではないらしく、夜ごとにウォーンという、オオカミの鳴き声がすぐ近くで聞こえ、月あかりの庭さきを通っていく黒いけものを、何人もの村人が見たのです。
そこである晩、男たちが火なわ銃を持って、おスギばあさんの家の近くへいってみました。
ひっそりとした家に、あんどんのあかりがともっていました。
そのあかりで、しょうじに大きくおばあさんとオオカミのかげがうつりました。
鉄砲をもった男たちは、みな足がすくんでしまい、
「あれにとびかかられては、このくらい夜のこと、ズドンとうつまもないぞ」
と、ぞろぞろにげてかえりました。
それからしばらくしたある日、おスギばあさんがめずらしく外へでかけると、お坊さんをつれて戻って来ました。
お坊さんは土間(どま→家の中でゆかをはらず、土のままにしてある所。主に台所)からとびだしてきたオオカミを見てビックリしましたが、そのオオカミにむかって、おばあさんがいいました。
「わしなあ、お前が家のうらまできた日には、『はようわしをたべてくれ、息子や孫のところへいかしてくれ』そうおもうて戸をあけたんや。そやけどお前は、このわしをたべなんだ。わしがたいたごはんをたべて、いままでいてくれた。おかげで、きょうまで命をながらえることができた。お前には礼をいわんならん。だども、いつまでもというわけにはいかん。ありがたいお経を聞いて、山のなかまのところへかえってくれ」
「えっ、おほん。それならオオカミや、よう聞くがええ」
お坊さんは、あがりがまち(→家のあがり口)に立って、お経をとなえだしました。
オオカミはキバをむいて土間を歩きまわっていましたが、しだいにおちついてお坊さんのまえにすわりこみました。
するととつぜん、耳をつんざく音が、うしろの山のほうまでこだましたのです。
しょうじのかげには、鉄砲をかまえたおばあさんが立っていました。
土間には血にそまったオオカミがいて、もう死んでいました。
「なんぼわけがあるいうても、お前は村の子どもや旅の人をおそうた。つらいけど、わしはこうするしかなかったんや。ごめんな」
おばあさんの目から、なみだがあふれておちました。
そしてお坊さんの手をかりて、オオカミのなきがらを山へはこぶと、てあつくほうむりました。
こののち、村ではだれ一人オオカミにおそわれるものはなかったそうですが、おスギばあさんはその日いらい姿をけして、二度と村には戻ってこなかったという事です。
おしまい
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