4月5日の日本民話
テングのおどかし
和歌山県の民話
むかしむかし、紀伊の国(きいのくに→和歌山県)にテングと仲のよい上人(しょうにん→位の高いお坊さん)がいました。
どういうきっかけでテングと仲良しになったのかはわかりませんが、近くの山に住むテングが、ときどき上人のいる寺へやってきて世間話をしたり、上人の教えを聞いたりするというのです。
この寺の檀家(だんか→その寺に先祖の墓がある家)に、紺屋善兵衛(こうやぜんべえ)という男がいました。
とても好奇心(こうきしん)の強い男で、
「ぜひともテングと話してみたい」
と、いって、上人がいくらことわってもあきらめません。
そこで上人もあきらめて、善兵衛とテングをあわせることにしました。
ある晩、テングが寺へ来るころを見はからって、善兵衛がやってきました。
上人と一緒にテングの現れるのを、いまかいまかと待っていると、ふいに大きな鳥のようなものが飛んできて、お堂の前に舞いおりたのです。
まっ赤な顔に長い鼻の、まぎれもないテングです。
テングは上人の前に立ち、いぶかしそうに善兵衛を見つめました。
そこで、上人がいいました。
「この人は、けっして怪しい者ではない。どうしてもテングどのと話をしたいというので、同席をゆるしたのです」
「・・・まあ、上人さまのおゆるしがあるのなら、しかたあるまい」
テングがそう言ったので、ホッとした善兵衛は思い切ってテングにたずねてみました。
「世間では、テング倒しということをよく聞くが、どうしてそうなるのか教えてほしい」
「なんだ、そんなことか」
テングは、ニヤリと笑うと、
「よく見ているがよい」
と、いうなり、うしろの柱に背中の羽をつけて、ブルブルとふるわせたのです。
そのとたん、大きな家鳴りがして、お堂がゆれはじめました。
ゆれはどんどんはげしくなり、庭の木や石もくずれおちそうです。
すっかり肝(きも)をひやした善兵衛は、あわてて仏壇(ぶつだん)の下にもぐりこむと、両手を合わせてさけびました。
「や、や、やめてくれ!」
それでもゆれはおさまらず、仏壇の物があたりにとびちり、天井がメリメリとゆれました。
「ああ、もうだめだ」
そしてそれっきり、善兵衛は気を失いました。
しばらくして、ハッと気がつくと、善兵衛は上人の前に寝かされていて、もうテングの姿はありませんでした。
「どうやら、正気にもどったようだな」
上人が善兵衛を、のぞきこむようにしていいました。
「テ、テ、テングどのは?」
「もうとっくに山へもどった。なんなら、もう一度あってみるか?」
「と、とんでもない!」
善兵衛はいきなり立ちあがると、はうようにして本堂をぬけだし、そのまま家へ逃げ帰ったという事です。
おしまい
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