9月28日の日本民話
アジ船と口さけばば
徳島県の民話
むかしむかし、ある漁村(ぎょそん)の漁師(りょうし)たちが、アジ船を出してアジを取りに行きました。
その日はなかなかの大漁でしたが、日が西にかたむき、お腹も空いてきたので、
「どうじゃい、ここらで、ひと休みせんか」
と、船を浜へつけました。
取れたてのアジを塩焼きにして、それで酒をのむのが漁師たちのなによりの楽しみです。
アジの焼けるいいにおいがただよってきたころ、どこからともなくだれかが近づいてきて声をかけました。
「ええにおいじゃの。わしにも、そのアジをごちそうしてくれ」
その声は、おばあさんの声でした。
ふりむいた漁師たちは、ビックリ。
それというもの、そのおばあさんの髪の毛は針金のように逆立っていて、ギラギラとした丸い目玉は大きくて飛び出しており、おまけに口は耳までさけているのです。
(こいつはバケモノかもしれん。みんな返事するな)
漁師たちは目で合図(あいず)をすると、みんなジッと下を向きました。
「どうした? はやくわしにもくれんか」
おばあさんがさいそくするので、一人の漁師が言いました。
「もう、食べてしまったので、新しいのを船からとってくる。待っていてくれ」
そして、その猟師があわて船に乗り込むと、
「あいつ一人じゃ大変だから、おれも手伝いに行こう」
「おれもだ」
「おれも」
と、みんな船にとびのると、そのまま船を沖へむかってこぎだしたのです。
しばらくして、みんなが逃げだしたのに気づいたおばあさんは、
「こらまてえ! わしをだまして逃げる気か! 逃げたら、さかなのかわりにお前らを食ってやる!」
おばあさんは、ものすごいいきおいで追いかけてくると、船のとも(船のうしろのほう)に飛びついて、船のともにかみつきました。
耳までさけた大きな口の歯は、みんなキバみたいにとがっています。
「こら、はなさんかい。頭をたたき割るぞ、はなせえ!」
ろ(→和船をこぐための、木でできた道具)を一本ふりあげて、たたこうとするのですが、ランランと光る目玉を見ると、おそろしくてたたけません。
かといって、ともをガジガジとかみくだかれては、船もろとも海にしずんでしまいます。
漁師たちは、
「なむ、船霊大明神、おたすけたまえ、おたすけたまえ」
と、となえながら、むちゅうで船をこぎました。
いいかげんこいで、ふと目をやると、うれしいことに、ともにかみついたおばあさんは消えていました。
それでも浜にあがるまでは、こわくてみんな口がきけませんでした。
阿波(あわ→徳島県)には、牛鬼(うしおに)といって、からだがウシで顔は鬼のバケモノがいたといわれます。
あのおばあさんは、この牛鬼が化けたものだと言われています。
おしまい
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