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2008年 6月1日の新作昔話
食わず逃げ
食わず逃げ
江戸小話

 むかしむかし、田舎者の男が一人で江戸見物にやってきました。
 長い旅で疲れた男は、うまいまんじゅうが食べたくなって、一軒のまんじゅう屋へ入りました。
「おらは、遠い田舎からやってきた。人に聞くと田舎者が江戸にくりゃあ、かんたんにだまされるというが、このまんじゅうは本当にうまいのか、教えてくれんか?」
「うまいか、うまくないかは、一つ召し上がってくださればわかります」
 まんじゅう屋の主人が言うと、田舎者は疑いの目で言いました。
「いや、そんなこと言うて、おらが食ったあとで、まずくても銭を取るのじゃろうて」
 それを聞いた主人は、まんじゅうを一つ口に入れ、
「ああ、うまい、うまい」
「そんなに、うめえか?」
「ああ、うまいとも、さあ、召し上がってくだされ」
「いやいや、おめえが一つ食っただけでは、当てにならんわい。もう一つ食ってくれ」
「なんと、うたがい深いお方じゃ。それならもう一つ、食べてみましょう」
 主人はもう一つ、パクリと食べてみせて、
「ほんに、うまいまんじゅうですぞ」
と、いいました。
「うーん、おらにはまだ信じられん。もう少し食べてくれんかのう」
「ああ、お振る舞いなら、いくらでも食べてみせますぞ」
「さあ、もっともっと」
 主人は次々とまんじゅうを食べて、とうとう一箱を空っぽにしてしまいました。
「さあ、全部食べてしまいました。では、まんじゅう代を払って下され」
「なに! おめえが食ったまんじゅうの銭など、おらは出せん!」
「なっ、なんということを! お前さんの振る舞いだから全部食べたのじゃ。まんじゅう代は、絶対にいただきます!」
「それそれ、田舎者をだますでねえか、やっぱり江戸は恐いとこじゃ」
 そういって男は、急いで逃げ出しました。
 これに腹を立てたまんじゅう屋の主人は、男を追いかけようと外へ出ると、隣の店の主人が声をかけてきました。
「どうした? そんなにあわてて。・・・あっ! さては、食い逃げかい?」
「いや、食わず逃げじゃ」

おしまい

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