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2008年 6月24日の新作昔話

不思議な火打ち石

不思議な火打ち石
アンデルセン童話

 むかし、一人の旅人が町はずれの大きな木の下に、しょんぼりと腰をおろしていました。
 長い旅でお金はなくなり、朝から何一つ食べていないのです。
 旅人はお腹がへって、目が回りそうです。
 ふと、足もとに落ちている古ぼけた火打ち箱に目がとまり、なんの気なしに中から火打石を取りだすと、力チ力チと鳴らしました。
 すると不思議な事に、大きな犬が、どこからともなく飛んできて、
「ほしいものは、何ですか?」
と、聞いてきたのです。
「お金がほしい!」
 旅人が答えると、犬はどこかへ飛んで行って、お金のいっぱいつまった財布をくわえてきました。
 そして、
「ご用のときは、また呼んでくださいね」
と、言うと、煙のように消えてしまいました。
 旅人は大喜びで、そのお金でお腹いっぱいごちそうを食べて、夜は久しぶりに宿屋にとまりました。
「ああ、今日はぐっすり眠れそうだ。・・・おや? お城か」
 宿屋の部屋の窓から、はるか向こうの大きなお城をながめていると、向こうの窓からも一人の美しいお姫さまが、こちらを見ているようでした。
「きれいな人だな。あんな人と、お友だちになれたらなあ。・・・そうだ」
 旅人は火打ち石を、力チ力チ鳴らしてみました。
 すると昼間の犬が、窓から飛び込んできました。
「ほしいものは、何ですか?」
「実は、あのお城のお姫さまと、お友だちになりたいんだ」
 旅人がわけを話すと、犬はすぐに窓から飛びだして、まもなくお姫さまを背中に乗せてもどってきました。
「こんばんわ、旅人さん。何か、旅のお話しを聞かせてくださる?」
「はっ、はい!」
 お姫さまは旅人の楽しい旅のお話に、夜のふけるのも忘れるほどでした。
 夜明けになると、犬はお姫さまを背中に乗せて、お城に送りとどけました。
 犬のおかげで旅人は、あくる夜も、そのあくる夜も、お姫さまとお話しすることができました。
 ところがある夜、王さまの家来が、犬がお姫さまを連れ出すところを見つけてしまったのです。
 家来はすぐにあとをつけましたが、見失ってしまいました。
 そこで家来は次の日、底に穴を開けた小さな袋にそば粉をつめて、それをお姫さまの着物のすそに、ゆわえておきました。
 夜になると、お姫さまはまた犬の背なかに乗って、旅人のところへ行きました。
 でも、袋からそば粉がこぼれたことには、気がつきませんでした。
 あくる朝、家来たちは落ちているそば粉をたどって宿屋におしかけ、旅人を捕まえました。
 お城に引き立てられた旅人は、王さまに向かって言いました。
「お姫さまを、わたしのお嫁さんにください」
 王さまは、かんかんに怒って、
「無礼者! お前なんぞに、大切な姫がやれるか! この男をこの場で死刑にしろ!」
と、家来たちに命令しました。
 家来たちが旅人に向かって、いっせいに鉄砲の引き金を引こうとすると、旅人は素早く火打ち箱から火打石を取り出して、力チ力チと鳴らしました。
 すると、
「うおーっ、ワンワン!」
 あの犬が現れて、家来たちを相手に大暴れしました。
 そして、すべての家来たちをやっつけた犬は、王さまに向かって言いました。
「王さま、この旅人は素晴らしい若者です。もし、この旅人をこの国の王にしたら、国はいつまでも栄えるでしょう」
 そう言うと、どこかへ消えてしまいました。
「不思議な犬だ。きっと、神さまのお使いにちがいない」
 そう思った王さまは、さっそく旅人とお姫さまの結婚をお許しになり、旅人に王さまの位をゆずりました。
 そして犬の言葉通り、この国はいつまでも栄えたということです。

おしまい

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