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2008年 8月21日の新作昔話

鬼のうで

鬼のうで
大阪府の民話

 むかし、なにわの町に、とても大きなお店がありました。
 このお店のだんなは裸一貫からこの店を築き上げた、なにわの町では有名な人です。
 さてこのだんな、けちでも有名でした。
 なにしろ、おならを出すのも自分の舌を出すのも、もったいないと言うくらいです。
 ある時だんなは、小僧さんをつれて用たしに出かけました。
 しばらく行くとだんなは、道ばたで何やら考えはじめました。
「いままで、もったいない事をしていたな。こうやってぞうりを引きずって歩くと、ぞうりが早くへる。しかしこうやって、足を真上から、そろりとおろすと、ぞうりが長持する。うむ、名案だ」
 そう言ってだんなは、抜き足、差し足で、そろりそろりと歩き出したのです。
 小僧さんも仕方ないので、だんなさんの後ろから、抜き足、差し足で、そろりそろりとついていきました。
 また、ある時。
 だんなは大番頭をよびつけて、こう言いました。
「このごろ店の者が、どうもめしを食いすぎていかん。何とか、めしのへり方を少なくできんもんかな?」
 なにしろこの店には大勢の人間が働いているので、一人一人の食べる量を少し減らすだけでも、大変な量のお米を節約することが出来ます。
「そうですなあ」
 このままでは自分の食べるごはんが少なくなるので、大番頭は考えるふりだけをしました。
 するとだんなは、ある名案を思いついて、大番頭に言いました。
「そうじゃ、大工をよべ。そして店にあるおぜんを、みんな集めるんだ」
「へい」
 たちまち店中のおぜんが、山のようにつみ上げられました。
 そしてだんなに命じられた大工が、おぜんの足をギーコギーコと、切りはじめました。
 さて、その夜。
 みんなの前に出されたおぜんが、なんとも低くなっています。
 ごはんを持ったり、箸を置いたりする度に、体をくの字にまげなければなりません。
 おかげでこの日は、みんな半分しかごはんを食べることができませんでした。
 それを見て、だんなは大喜びです。
「よしよし、うまくいったぞ。何事も、頭の使い方ひとつじゃ」
 それからもだんなのけちぶりは、日に日にひどくなってきました。
 そしてついには、おかずも出さない方法を考えました。
 それは大きな塩鮭(しおじゃけ)を一匹、天上からひもにぶら下げておいて、みんなはそれを見ながらおかずなしのご飯を食べるのです。
 これには、さすがに店のみんなも我慢できず、
「こんな店で働くのは、もうこりごりだ」
と、みんな店をやめてしまいました。
「ああ、これでせいせいしたわい。あとは、わしのめしを切りつめるだけじゃ」
 それから何日かたった、ある日のこと。
 店の前に、一人の大男が現れました。
「な、なんじゃい。お前にめぐんでやれるものは、何にもないぞ!」
 だんなが、どなりつけると、
「どうか、わしを使ってくださらんか。力なら、いくらでもあるぞ」
と、男は、大きな力こぶを作ってみせました。
 太い腕には針金のような毛が生えていて、まるで鬼のような腕です。
「まあ、使ってもええが、お金はやらんし、めしも食わさんぞ。それでもええか?」
「お金なんぞいらん。めしもいらん。そのかわり、一つだけ頼みがある」
「頼みとは?」
「わしのこの腕は、どうも酒飲みでこまる。一日に一合とっくり一本の酒を、この腕にかけてくださるだけでええ」
「なんじゃ。そんな事なら、おやすいことじゃ。では、お前の腕をやとう事にしよう」
「ありがとうございます」
 さて、男の働くこと、働くこと。
 ものすごい腕の力で大きなまさかりをふりまわして、あっという間に、まきを割ってしまいます。
 風呂の水汲みは、大きなおけいっぱいの水を軽々とかついで、またたく間におわってしまいます。
 だんなは一日の終わりに、とっくり一本のお酒を小屋の前においておくだけでいいのです。
 ある夜のこと。
「それにしても、よく働く男じゃ。だが、酒をどうやって、腕に飲ませているのやら」
 気になっただんなは、小屋のかべのすき間から男の様子をじっと見ていました。
 男は腕をさすりながら、まるで自分の子どもに話すように話しかけます。
「今日も一日、ごくろうじゃったな。ほれほれ、お前の好きな酒じゃ」
 男は腕にチョロチョロと、酒をかけてやりました。
 すると腕に生えた針金のような毛が、ぴーんとさか立ったかと思うと、腕は見る見るうちに、まっ赤になっていきます。
「おうおう。うれしいか、うれしいか。ほれ、今度はお前の番じゃ」
 男はとっくりを持ち替えると、反対の腕に酒をかけてやりました。
 そして両腕がまっ赤になると、男は、
「よしよし。明日また、飲ませてやるからな。お休み」
と、言って、寝てしまいました。
「なんとも便利な腕じゃ。あの腕が、あと二、三本あればええがなあ」
 だんなは、そう思いました。
 それから何日かたつと、あれほど元気に働いていた男が、
「はー」
「ほー」
と、言って、休み休みしか、働かないようになってきました。
 無理もありません。
 男は何日も、ご飯を食べていないのですから。
 でもだんなは、そんなことはお構いなしです。
「さあ、働け働け。一日一合の酒じゃ。今までに何合もの酒代がかかっておるんじゃ。働け、働け」
 それから数日後、男はばたんと倒れたきり、動かなくなってしまいました。
「これ、起きろ。わしのやとった腕をつけたまま、倒れるな。はやく起きて働け」
 しかし男は、動きません。
 男はねむるように、死んでいたのです。
「これはこまった。明日から、働く者がおらんではないか。・・・そうじゃ! この男の腕を切りとって、腕に酒を飲ませてみよう」
 その夜、だんなは男の腕を包丁で切り落としました。
 そしてだんなは、こんな歌を歌いながら腕に酒を振りかけました。
♪わしのやとった
♪鬼の腕
♪はよう働け
♪酒のまそ
♪はよう働け
♪酒のまそ
 すると、どうでしょう。
 今まで死んでいた腕のが、ピーンと毛をさか立てたと思うと、見る見るまっ赤になっていきました。
「しめしめ、うまくいったぞ」
 だんなはさっそく、腕に命令しました。
「鬼の腕よ、わしの肩をもめ」
 すると腕は、上手に肩をもみ始めました。
 さあ、それからの腕の働きはたいしたものです。
 庭掃除に、拭き掃除、ごはんのしたくに、帳面付けからそろばんまで。
 おまけに買い物までしてくるのです。
「へっへっへっ。こりゃ便利な物を手に入れたわい」
 だんなは、笑いが止まりませんでした。
 ところがそのうちに、だんなは腕に飲ませる酒を、けちり始めたのです。
 一日に、とっくり一本のはずが、二日に一本、三日に一本と減っていき、そのうちに水で薄めた酒を飲ませるようになったのです。
 ある日の事、だんなの姿が見えないと町でうわさになりました。
「このごろ、けちだんなを見かけませんなあ」
「それに、あの二本の腕も見かけませんなあ」
 そこで町の世話役が、だんなの様子を見に行きました。
「だんな、近頃姿を見せませんが、どうしました? ・・・だんな? ねえ、だんな? ・・・ひぇーーーーっ!」
 世話役は、部屋の中で倒れているだんなを見つけてびっくり。
 なんとだんなは、うす暗い部屋の中で、鬼の腕に首を絞められて死んでいたのです。
 そしてまくら元には、こんな書きつけがありました。
《酒を飲ませろ! 酒を飲ませろ!》

おしまい

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