きょうの日本民話
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2008年 11月8日の新作昔話

ぼたんの花と若者

ぼたんの花と若者
石川県の民話

 むかしむかし、能登の国(のとのくに→石川県)に、一人の若い百姓がいました。
 若者は子どものころから木や花が好きで、よく山へいっては、めずらしい草や花をとってきて庭のすみに植えたり、鉢で育てたりして大事にしていました。
 この若者が住む村ざかいに深見山(ふかみやま)といって、一段と高い山があります。
 ある、あつい夏の日のこと。
 若者が深見山を歩いていると、どこからともなくよい香りがただよってきました。
 あまいような、すっぱいような、とても不思議な花のにおいです。
 山の花のことなら何でも知っている若者でしたが、この香りをかいだのは、今日がはじめてでした。
(いったい、なんの花だろう?)
 若者はにおいをたよりに、山の奥へ奥へと歩いていきました。
 しばらくしてあたりを見まわすと、尾根ひとつこえた向こうの山に、一面に咲き乱れている、うす紅色の花畑がありました。
 さっそく尾根づたいに、若者は花の方へと近づいていきました。
 めったに人の入らない道もない山奥を進み、もう少しというところで若者は思わず足をとめました。
 そこはちょうど馬の背のように、右を見ても左を見ても、切り立った岩山です。
 それでも若者は花を見たい一心で、岩角をつかみ、木の根につかまって、高いがけの上を、はうようにしてわたっていきました。
 ころがり落ちる岩の音を下に聞きながら、なんとか渡り終わると、そこは目のさめるような一面のお花畑です。
 見たこともない大きなぼたんの花が、いっせいに咲ききそっていました。
「ああ、こんな山の中に、こんなに美しいぼたんの花があるとは。それにしても、もう季節もはずれているのに」
 どう考えても、不思議です。
 でも花の大好きな若者は、夢の中へさそいこまれるような香りに胸をおどらせて、しげしげと花に見とれていました。
 たくさんの花の中でも、特別あざやかな花を咲かせた大ぼたんが、ひときわ若者の目をひきつけました。
「ああ、なんという美しさだろう。こんな花を家の庭に咲かすことができたら」
と、思わず、つぶやいたときです。
 とつぜん花のかげから、一人の乙女(おとめ)が現れました。
 まるで天女のような、美しい乙女です。
(こんなところに人がいるとは。まさか天女?)
 不思議に思いながらも、若者はその乙女を見つめていました。
 乙女は、まるで宙をただようように、何の音もたてずに若者のそばへ近よってくると、にっこりとわらって、
「その花を一枝、わたしに折ってくださいな」
と、言いました。
 その声があまりにもきれいだったので、若者はびっくりしました。
 まるでたましいをうばわれたように、ぼんやりと立ったまま口もきけません。
「どうか、その花を一枝、わたしに折ってくださいな」
 乙女は、大きな美しいぼたんの花を指さして、また言いました。
 若者は、やっと口を開きました。
「はい。しかしここは、わたしの花畑ではありません。どの花も、勝手に折るわけにはいきません」
「いいえ、いいのですよ。ここは、わたしたちの花畑です。その花は、わたしなのです。どうか、あなたのお手で。・・・ あなたのお手で、折ってください」
 その声は、前とちがってとてもさびしそうです。
(自分のいまの言葉が、乙女の心をきずつけたのかもしれぬ)
 若者はそう思って、指さされた花の一枝を折りとって、女の手にわたしました。
 そのとたん、若者は気を失って、ばったりと倒れてしまったのです。
 さて、それからどのくらい時がたったでしょう。
 どこか遠くの方で、だれかがよんでいます。
 目を開けてみると、若者は一人の老人に介抱されていました。
「おお、お気がつかれましたか」
 老人は、ここへたきぎをとりにきて、死んだように倒れている若者を見つけたのです。
「お前さんは、あの高いがけから落ちなさったんだね。それにしても、ようまあ、たいしたけがもせんで」
 老人は若者を助けおこすと、若者を背に背負って、山をくだって行きました。
 その後ろ姿を、高いがけの上から大きなぼたんの花がしずかに見送っています。
 その花には、朝つゆが乙女の涙のように光っていました。
 若者が家に帰ってみると、不思議なことに山で見たあの大ぼたんの花が、前庭に咲いていたのです。
 花はそれから何年も何年も、いつも変わらない美しい姿で咲き続けました。
 そして若者は、一生、妻をめとらなかったということです。

おしまい

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