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2009年 5月6日の新作昔話
娘に恩返しをした水牛
イギリスの昔話
むかしむかし、イギリスのある小さな島の崖のふちに、古い屋敷がありました。
屋敷には奥さんと、年を取ったじいやが二人で住んでいます。
この屋敷に、隣の村から一人の娘が働きに来ました。
娘は、じいやを手伝って、ニワトリの世話や牛の乳しぼりをすることになりました。
じいやは仕事をしながら、娘にこんな話をしました。
「実はな、海に住んでいる魔物どもが、時々、人間やけものに姿を変えて、この辺をうろつくことがあるのじゃ。ひどい目にあった人もいるから、お前さんも気をつけるんじゃぞ」
でも娘は、
(魔物なんて、本当かしら? 信じられないわ)
と、あまり気にしませんでした。
ある日の事、娘は奥さんの言いつけで、となり村まで使いに行きました。
その帰り道、沼のそばを歩いていると、どこかで動物の不気味な鳴き声がしました。
「何かしら?」
見ると、沼の岸の泥の中で、小さな水牛の赤ちゃんが足をとられてもがいていました。
「まあ、大変。夜までこうしていたら、凍え死んでしまうわ」
娘は泥の中から水牛を抱き上げると、屋敷へ連れて帰りました。
ところが水牛をひと目見たじいやは、思わず顔色を変えて言いました。
「これはきっと、海の魔物に違いない。すぐに捨てるんじゃ」
「そ、そんな。こんなに小さな赤ちゃんを、捨てるのですか?」
すると、そばにいた奥さんが、娘にこう言ってくれました。
「確かに、このまま見殺しにするのは可愛そうね。それでは、お前が面倒を見てやったらどうだい?」
「はい、わたしがちゃんと世話をします」
こうして娘は、毎日毎日、水牛の灰色の毛をブラシしてやったり、角やひづめをきれいにみがいてやったりして、一生懸命世話をしました。
そのおかげか、水牛の赤ちゃんはすくすくと大きく育っていき、やがてつやつやした毛なみの立派な水牛になりました。
さて、そんなある日の事、娘が浜辺で貝を拾っていると、向こうの波打ち際から、一人の男が歩いて来ました。
今まで一度も見たことのない、若い男の人です。
娘は何だか気味悪くなって、急いで屋敷の方へ逃げて行きました。
娘が崖道をかけのぼると、男は後ろから追いかけて来ます。
そしてとうとう、屋敷のすぐ側で、追いつかれそうになりました。
「だっ、誰か助けてー!」
娘が思わず悲鳴を上げたその時、近くの小屋にいたあの水牛がガタガタと足を踏み鳴らしながら、力いっぱい鳴き声を上げました。
モーーーーッ!
その声を聞いたとたん、男はぎくりと顔をこわばらせると、やって来た浜辺の方へ、一目散に逃げて行ったのです。
「助かったわ」
ところがそれから、ひと月ほどたった頃。
野原でまた、あの男が姿を現したのです。
娘が物陰から、そっと様子をうかがっていると、男はゆっくりと近づいて来ました。
そして、やさしい声で娘に話しかけました。
「わたしは、遠くから来た旅の者です。毎日歩き続けて、とても疲れています。あなたのそばで休ませてください。ひざに頭をのせて、しばらく眠りたいのです」
不思議な事に、その言葉を聞くと娘は、今までの恐ろしさも忘れてしまいました。
まるで、魔法にでもかけられたようです。
「ええ。わかったわ。はい、どうぞ」
娘は答えると、ひざの上に、そっと男の頭をのせてやりました。
男は小さなくしを取り出すと、娘にわたして言いました。
「このくしで、わたしの髪の毛をとかしてください」
そのくしは、きらきらと光輝く金のくしでした。
娘が髪をとかしているうちに、男はすやすやと眠ってしまいました。
そして娘もだんだん気持ちよくなってきて、ついうとうとと、いねむりをはじめました。
すると、くしが手から滑って、男の髪の毛の間に落ちました。
「あら、いけない!」
娘があわてて、くしを拾い上げた時、娘は男の金色の髪の毛を何本か引き抜いてしまいました。
すると、どうでしよう。
髪の毛の根元には、白い砂と深い海の底にしか生えていない海草がついていたのです。
娘は、はっと気がつきました。
(この人は、じいやの言った海の魔物だわ! ぐずぐずしていたら、海の底に引きずり込まれるかもしれない!)
娘は男を起こさないようにそっと立ち上がると、夢中で屋敷の方へ駆け出しました。
すると男はすぐに目を覚まして、恐ろしい顔で娘を追いかけてきたのです。
娘がもう少しで男につかまりそうになった時、小屋の中の水牛が、ひづめで床を蹴りながら鋭く三度鳴きました。
モーーーーッ!
モーーーーッ!
モーーーーッ!
その声を聞くと、娘は思わず、
「助けて!」
と、叫びました。
水牛は、小屋が壊れそうなほど激しく暴れました。
その騒ぎに、奥さんがやってきました。
そして、男に追いかけられている娘を見て、
「お願い、あの娘を助けてやって!」
と、急いで水牛を小屋から出してやりました。
モーーーーッ!
水牛は、あたりをゆるがすようなうなり声を上げると、男を目掛けて突き進んでいきました。
そして角をふりかざして、飛びかかろうとした時です。
男は見上げるほどの、大きな馬にかわりました。
とたんに水牛の体も、一段と大きくなりました。
実は男の正体は馬の形をした、恐ろしい海の魔物だったのです。
そして水牛も海の魔物でしたが、水牛は悪い魔物ではありませんでした。
魔物と魔物は、あたりをかけまわって、激しい戦いを始めました。
ひづめが火花をちらし、うなり声が天まで届く戦いでしたが、とうとう水牛は、見事な角で馬を胴体を一突きにしたのです。
娘と奥さんは、震えながらこの戦いを見つめていました。
やがて水牛は、自慢の角を高く上げて、歌を歌いながら、どこかへ去って行きました。
♪やさしい、島の娘さん。
♪命を助けてくれた人。
♪恩返しができた今。
♪おれは、自由の身になった。
それからというもの、海の魔物が娘の前に現れることはありませんでした。
おしまい
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