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2009年 6月26日の新作昔話
文珠の知恵
ジャータカ物語
むかしむかし、インドには、悪人ばかりが住んでいる国がありました。
この国の人々は、いつも悪い事をしたり、乱暴をしたりしました。
その事を知った、目連(もくれん)というお坊さんが、仏さまにお願いしました。
「仏さま、わたくしを、あの悪い人たちが住む国へ行かせてください。何とかして、あの人たちを良い人間にしてやりたいのです」
すると仏さまは、にっこり笑って、
「それは良い行いです。大変でしょうが、がんばりなさい」
と、悪い国へ行くことを許してくれました。
目連は、さっそくその国へ行くと、人々に色々な話をして、良い人間になるためのお説教をしました。
「人間は悪い事をすると、その時は良くても、後で必ず恐ろしい罰を受ける。そして死んでからも、必ず地獄へ落ちて苦しむのです。だから、悪い事を止めて良い事をしなさい。乱暴は止めて、困っている人を助けるのです」
ところが、いくら目連がお説教をしても、だれ一人、話を聞こうとはしないのです。
それどころか、
「はん、偉そうな事をいっても無駄だ。後でどうなるかよりも、今が良ければいいのだ。お前なんか、帰れ、帰れ」
と、石を投げつけたりするのです。
目連は仕方なく、自分の国に帰ってしまいました。
さて、この話を聞いた、舎利弗(しゃりほつ)というお坊さんは、
「悪い人たちを導くには、やさしく言っても駄目だ。もっと、厳しくしないと」
と、仏さまの許しを受けて、悪い人の国へとやって来ました。
「お前たち、よく聞け! いますぐ悪い事を止めないと、地獄で永遠に苦しむことになるぞ! 助かりたければ、おれの言う事を聞くんだ!」
けれども、この国の人たちは、やはり舎利弗を嫌って、舎利弗を追い返したのです。
その後も、五百人ものお坊さんが次々と出かけていきましたが、誰一人、成功した者はいませんでした。
そこで仏さまは、文珠(もんじゅ)という知恵のあるお坊さんを選んで、その悪い人の国へ行かせてみました。
その国へ着いた文殊は、ほかのお坊さんたちとは違って、この悪い国と悪い人たちをほめたのです。
「おう、ここはなんと良い国だろう、そしてここに住む人々は、なんと立派な人たちだろう。いや、こんな良い所へ来られて、わたしは実に幸せだ」
いくら悪い人たちでも、ほめられればうれしいものです。
そこで人々は、自然と文珠のまわりに集まってきました。
中には文殊に、ごちそうを出す者さえいました。
「このお坊さんは、とても偉い人だ。おれたちの事をわかってくれる」
「そうだ。いままでのお坊さんは、おれたちを見下していたが、この人はおれたちを理解してくれている」
文殊は、みんなから尊敬されました。
そこで文珠は、
「わたしの先生である仏さまは、わたしなどとは比べものにならないほど、それはそれは立派なお方ですよ。その仏さまの教えを受ければ、あなた方は、もっと幸せになることが出来るのです」
と、言ったのです。
するとみんなは、
「それならぜひ、仏さまの教えを受けさせてくれ」
「おれもだ。おれも」
と、仏さまの教えを受けることにしたのです。
それを知った仏さまは、文殊の知恵を大いにほめて、
「よくやりましたね。人を導くのは、とても難しい事です。ただ人に考えを押しつけるのではなく、その人の考えを理解し、その人とうち解ける事が大切なのです。お前はその事によく気がつきました。お前のおかげで、悪い国の人たちも救われるでしょう」
と、うれしそうに言いました。
この時から、優れた考えや知恵の事を『文殊の知恵』と言うようになったのです。
おしまい
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