2012年 1月23日の新作昔話
見てはいけない座敷
静岡県の民話
むかしむかし、心の優しいおじいさんと、意地悪なおじいさんが隣同士で住んでいました。
ある日の事、心の優しいおじいさんが山で木を切っていると、どこからか美しい娘さんが出て来て言いました。
「おじいさん、おじいさん、その木はわたしの大切な木です。どうか切らないでくださいな」
「おお、そうかい。では、この木を切るのをやめよう」
おじいさんが木を切るのをやめると、娘さんはニッコリ微笑みました。
「おじいさん、ありがとうございます。お礼がしたいので、わたしの家に来てくださいな」
娘さんはそう言うと、おじいさんを山の奥へと連れて行きました。
しばらく行くと、大きな屋敷の前に出ました。
お屋敷の広い庭には、お酒のにおいがするきれいな川が流れています。
(こんな山奥に、どうしてこんなに立派な屋敷があるのかな?)
おじいさんが不思議に思っていると、娘さんがおじいさんを屋敷の中に案内しました。
「さあさあ。どうぞ、おあがりください」
座敷に入ると、娘さんはおじいさんにお酒やごちそうをいっぱい出してくれました。
「なんともうまい酒だ。それにこんなごちそうも、生まれて初めてだ」
お酒やごちそうを食べて、おじいさんがすっかり良い気持ちになっていると、娘さんがおじいさんを屋敷の奥に案内しました。
「ここには、不思議な座敷がいくつもあります。どうぞ、見てくださいな」
娘さんはまず、『一月』と書かれた座敷を開けました。
すると中には立派な床の間があり、その上には正月かざりがありました。
次の『二月』と書かれた座敷は、開けませんでした。
三月の座敷には、ひな人形がかざってありました。
四月の座敷はお花祭りで、小さなお堂にお釈迦(しゃか)さまが立っています。
五月の座敷には、鯉のぼりが立っていました。
六月の座敷は、田植えのまっさかりです。
七月の座敷には、七夕飾りがありました。
八月の座敷では、にぎやかな盆踊りをしています。
九月の座敷には、すすきとお月見団子がそなえてありました。
十月の座敷では、大勢の人が稲刈りをしていました。
十一月の座敷には、まっ赤なもみじの木がありました。
十二月の座敷には、しんしんと雪が降っていました。
一通りを見終えたおじいさんは、感心して言いました。
「ここは、なんて素晴らしい座敷だ」
娘さんはうれしそうに微笑むと、おじいさんに言いました。
「あの、ちょっとお使いに行ってきますから、この家で待っていてください。
座敷は、自由に見て構いません。
でも二月の座敷だけは、決して開けないでくださいね」
「ああ、わかったよ。二月の座敷は開けないよ」
おじいさんが約束をすると、娘さんはどこかへ行ってしまいました。
それから間もなく、娘さんが帰って来ました。
そしておじいさんに、おみやげのしゃもじを一つくれました。
「このしゃもじは、おなべに水を入れてかき回すだけで、ごはんでも魚汁でも、好きな食べ物が何でも出来ますよ」
「そいつは、ありがたい」
おじいさんは大喜びで、家に帰って行きました。
家に着いたおじいさんは、さっそくなべに水を入れると火の上にのせました。
それからしゃもじで、ゆっくりかき回しながら言いました。
「しゃもじよ、これを魚汁にしておくれ」
すると、どうでしょう。
ただのお湯はみるみるうちに、おいしい魚汁になりました。
そこへ隣のおじいさんがやって来たので、魚汁をいっぱいごちそうしてやりました。
「こりゃ、うまい。うまい魚汁だ。こんなうまい魚汁を、どうやってつくったのだ?」
「ああ、実はな」
心の優しいおじいさんは、今日の出来事を話してあげました。
「なるほど。わしも山に行って、娘からそのしゃもじをもらってこよう」
次の朝、隣のおじいさんは大急ぎで山へ行きました。
そして木を切っていると娘さんが出て来て、立派な屋敷に連れて行ってくれました。
それから十二月までの座敷を見せた娘さんは、おじいさんに言いました。
「ちょっとお使いに行ってきますが、どんな事があっても、二月の座敷だけは開けないでくださいね」
「ああ、二月の座敷は開けないよ」
おじいさんは娘さんに約束をしましたが、でも、二月の座敷が見たくてたまりません。
(なに、こっそり見たって、わかるもんか)
おじいさんは、二月の座敷を開けました。
すると、
♪ホー、ホケキョ。
と、一羽のウグイスが飛び出してきて、あっという間に空へと飛んで行きました。
そしてはっと気がつくと屋敷が消えていて、おじいさんは深い山の中に一人っきりでした。
おしまい