2012年 3月19日の新作昔話
竜光山の伝説
千葉県の民話
むかしむかし、ひどい嵐が去った後に若い漁師が海岸に行ってみると、今まで見た事がないほど素晴らしい着物を着た娘が立っていました。
娘は若者に気づくと、若者に頭を下げて言いました。
「わたしは昨日の嵐で、ここに漂流してきました。
けがはありませんが、お腹が空いて今にも死にそうです。
すみませんが、一晩の宿とご飯をいただけないでしょうか?」
そこで漁師は、娘を自分の家に泊めてやりました。
娘はそのまま漁師の家に住んで、漁師の嫁になったのです。
二人の間には男の子が生まれて、漁師と娘は幸せな毎日を過ごしました。
三年後のある日、娘は漁師と向き合うと、こんな事を言いました。
「色々とお世話になりましたが、もう、お別れしなければなりません。
実はわたしは、竜王の娘なのです。
ある時、わたしはワニ鮫(わにざめ→悪いサメの呼び方)に襲われました。
もうダメだと思った時、あなたがワニ鮫を捕らえて下さったのです。
助かったわたしが、その事を父母に言いますと、
『おろかな生き物である人間でも、義理人情を知っている。
われらは、神にもっとも近い存在。
なおの事、義理人情を大切にしなければならない。
お前はただちに陸へ上がって、その青年に恩返しをして来なさい。
ただし、陸には七日しかいてはならない事を、決して忘れないように』
そう父母に言われて、あなたに会いに来たのですが、七日を過ぎてもあなたとは別れる事が出来ず、やがて子どもにも恵まれて、幸せな三年の月日を送ってしまいました。
しかしわたしには、父母が決めたいいなずけが海底にいるのです。
いいなずけは夜になると、わたしに帰って来る様に言います。
わたしは海底に戻って、いいなずけと結婚しなくてはなりません」
そう言って娘が、かつぎ(→平安時代、身分ある女性が外出時に顔を隠す為のかぶった衣)を取って見せると、なんと娘の顔には片目がないのです。
「お前、目はどうしたのだ?」
「海で暮らすわたしたちには、胸から母乳を出す事が出来ません。それでわたしは自分の目を子どもになめさせて、子どもを育てていたのです。
でも片目である事が父母に見つかると大変しかられますので、かつぎをかぶっていたのです。
さあ、もうお別れでございます」
「そっ、そんな。・・・せめて、せめて子どもが六つになるまでは、いてくれないか」
若者は必死に頼みましたが、娘は聞き入れません。
「わたしも、本心はあなたや子どもと暮らしたいのです。
しかしそうしてしまったら、わたしは竜の仲間に戻る事が出来ないばかりか、竜の奴隷にされてしまいます。
どうぞあなたは良い女の人を見つけて、わたしたちの子どもといつまでもいつまでも幸福にお暮らし下さい」
「しかし、子どもはまだ三つだ。お前がいなくては困る」
若者がそう言うと娘は残った片目をくり抜いて、きれいな袋に入れて若者に渡しました。
「子どもが泣いたら、その玉を海へ向けて光らせて下さい。わたしには目がありませんが、その光を感じて海の底からあなたたちを見守りましょう」
娘はそう言い残して、海の中へと消えていきました。
それから十数年後、子どもが15歳になった8月15日の晩に子どもと父親は母親に再会しました。
海の波間から、両眼のない竜が現れたのです。
父親は子どもに、母親の事を話しました。
「お前は、竜神の母からあずかった子だよ」
やがて成人して網元になった子どもは、死んだ父親の遺言通りに父母の碑を山の上に建てました。
のちにその山は、竜光山と呼ばれる様になりました。
おしまい