2012年 5月28日の新作昔話
マホガニーの子ども
ドミニカの昔話 → ドミニカの情報
むかしむかしの、月のきれいな夜の事、一人の女の人が水をくみに外へ出ました。
「まあ、なんてきれいなお月さまかしら」
女の人は月の光にさそわれて、ふらふらと森に入っていきました。
そのうちに、女の人はふと一本の木を見つけました。
「まあ、マホガニーの木だわ! しかも実がなっている!」
女の人は、飛びあがって喜びました。
マホガニーの木には古い言い伝えがあり、数十年に一度実る実を取ってしまっておくと、子どもが出来るというのです。
「わたしには、どうしても子どもができなかった。でも、このマホガニーの実で、わたしもきっとお母さんになれるんだわ」
女の人は木に登ると、きれいな丸い実を二つもぎ取りました。
そしてその実を大事に家に持って帰ると、大きなつぼの中に入れました。
そして女の人は、毎日祈りました。
「神さま、子どもをお授けください」
月が細くなり、また太って満月になりました。
その満月の夜、女の人はドキドキしながら、つぼのふたをとってみました。
すると中から、元気のいい男の子と、きれいな女の子が出てきたのです。
「まあ。なんて可愛いのでしょう!」
子どもたちはすくすくと育ち、女の人は、とても幸せでした。
「お母さん、お母さん」
二人の子どもは、いつも女の人の側にいます。
どちらもやさしいよい子で、いろいろなお手伝いもしてくれました。
ある夜の事です。
女の人は、森に水をくみに行こうとしました。
長い間、雨が降らなかったので、井戸の水が枯れてしまったのです。
「お母さん、ぼくも手伝うよ」
「お母さん、わたしも手伝うわ」
二人の子どもはいつものように、女の人についてきました。
「ありがとう。でも、森は危ないから、気をつけてね」
女の人はそう言うと、二人の子どもを連れて森の中の泉へ行きました。
そして、泉の水をくもうとすると、
「お母さん、あの水の中のきれいな物を、取ってちょうだい」
と、女の子がいいました。
「なあに? 何もないじゃないの。それとも、これの事?」
女の人は、一匹の魚を捕まえて、子どもたちに見せました。
「ちがうよ、ほら、あのきれいな物だよ」
今度は、男の子が言いました。
女の人は、じっと泉を見つめましたが、何の事かわかりません。
泉の中をあちこち歩き回って、女の人は一匹のワニの赤ちゃんを捕まえました。
「ほら、これの事だろう。お前たちの欲しい物は?」
「ちがうよ。こんなものじゃないよ」
女の人は、今度はヘビの赤ちゃんを取って来ました。
でも子どもたちは、
「ちがうよ。そんな怖い物じゃないよ」
と、言うのです。
女の人は、とうとう怒り出しました。
「わけのわからない事ばかり言って、お母さんを困らせないで! さあ、もう水は汲んだし、家に帰りましよう」
ところが、子どもたちは帰ろうとしません。
ただ、泉の中のきれいな物を取ってと、繰り返すばかりです。
「そんな事を言っても、何を取っていいか、わからないじゃないの。お母さんは、ごはんの支度があるの。もう帰ります」
女の人が帰りかけると、子どもたちは、
「嫌だよ、絶対に取ってよ」
と、泣くので、女は思わず怒鳴りました。
「お前たちみたいな分からず屋は、もう知りません! ・・・やっぱり、マホガニーの子だね」
女の人が、『マホガニーの子』と言ったとたん、二人の子どもは泣き出しました。
泣きながら走って家に帰り、家の中に入ってもまだ泣いていました。
女の人が、あわてて帰ってみると、
「お母さん、どうしてぼくたちの事を『マホガニーの子』だなんて言ったの?」
と、男の子が、女の人の顔を見ていいました。
女の子も、泣きながら言いました。
「そうよ、わたしたち、お母さんが大好きなのに。お母さんが『マホガニーの子』と言ったから、お別れしなくちゃならないわ」
そして二人の子どもは、泣きながら家を飛び出して行きました。
「待っておくれ、お母さんを許しておくれ。もう二度と、あんな事は言わないから」
女の人も、泣きながら子どもたちを追いかけました。
けれど子どもたちは、どんどん走ってマホガニーの木にたどり着くと、二人ともマセベの木に登って、元の二つのマホガニーの実に戻ってしまいました。
それを見た女の人は、泣きながら帰るしかありませんでした。
帰る途中、女の人がさっきの泉に寄ってみると、きれいな月が水にうつっていました。
それを見て、ようやく女の人は気づきました。
「ああ、子どもたちが欲しがっていたのは、この月の事だったのね」
女の人の目から、またボロボロと涙がこぼれ落ちました。
おしまい