2012年 7月30日の新作昔話
蛇婿(へびむこ)
高知県の民話
むかしむかし、あるところに、とても美しい娘がいました。
ある晩の事、母親が娘の部屋の前を通ると、何やら話し声がするので母親は耳をすませました。
どうやら娘は、誰か男と楽しそうに話している様子です。
(あら、あの子ったら、いつの間に良い人を見つけたのだろう。・・・まあ、そのうちに紹介してくれるでしょう)
母親はそう思うと、その時は何も言わずに寝てしまったのですが、それから毎夜、たとえ大雨の日でも大風の日でも、男は必ず娘の部屋にやって来るのです。
(もしかすると、娘は何か怪しい物に見込まれているのかも)
そう思った母親は、ある日、娘に尋ねました。
「ねえ、お前の所に毎夜毎夜、男が来ている様だけど、一体どこの誰なの?」
「・・・・・・」
「隠す事はないよ。母さんは、お前がその男を本当に好きなのなら、お前の婿(むこ)に迎えてもいいと思っているんだよ」
「本当?!」
「ああ、本当だとも。・・・ただその前に、相手の身元をはっきりさせないとね」
すると娘は、少し困った様に言いました。
「うん、でも、あたしもあの人がどこの誰か、よく知らないの」
「毎夜通って来るのに、どこの誰かも明かしてくれないのかい?」
「うん」
「そう。しかし嵐の晩でもやって来るほど熱心なのに、身元も明かさないなんて変だね。
これは、もしかすると魔性(ましょう)の物かも知れないよ。
よし、今夜来たら、その男の着物の裾(すそ)に、糸をつけた縫い針を刺して帰しなさい」
そこで娘は母親に言われた通り、男が帰る時に隠し持っていた縫い針を男の着物の裾に刺しました。
すると男は、
「ウーッ!」
と、うめき声をあげて、家を飛び出て行ったのです。
娘と母親がその後を追うと、男の体は次第にヘビの体へと変わっていき、暗闇の中に消えていったのです。
それを見てびっくりした娘と母親は、一晩中、震えていました。
翌朝、母親が男に刺した縫い針の糸をたどって山道を進むと、大きな淵(ふち)に洞穴があって、糸はその中へと続いていました。
中をのぞいた母親が、そっと様子をうかがっていると、洞穴の奥からこんな話し声が聞こえて来ました。
「だからわたしは、人間なんかに構うなと言っておいたのに。
針とはいえ、身体に鉄を立てられたからには、もうお前の命は長くないよ。
可愛そうだけど、これはどうしようもない。
何か、死ぬ前に言い残す事はあるかい?」
「おれは死ぬが、おれはあの娘に子どもを授けて来た。
その子がきっと、おれの仇(かたき)をとってくれるだろう」
「子どもが仇を? まったく、娘の腹に子を授けて来たって、そんなもの、三月の節句の桃酒と、五月の節句の菖蒲(しょうぶ)酒と、九月の節句の菊酒を飲まれたら消えて無くなるんだよ」
これを聞いた母親は急いで家に帰ると、さっそく桃酒と菖蒲酒と菊酒を娘に飲ませてお腹の中にいるヘビの子を消したのです。
そしてそれが言い伝えられて、女の子は三月と五月と九月の節句に、お酒を飲む様になったのです。
おしまい