2012年 8月3日の新作昔話
くわしや
群馬県の民話
むかしむかし、ある殿さまの家来に、渡辺民部左衛門という男がいました。
ある日の事、殿さまの娘が急に亡くなったので、姫の弔いにお城の人々はお寺へ向かったのですが、その途中で空模様が悪くなり、生ぬるい風が吹いてくると雷が鳴り始め、空から黒い影が落ちてきて姫の棺に取り付いたのです。
「無礼者!」
弔いの葬列を守っていた民部が、その黒い影を刀で切りつけると、黒い影は叫び声をあげて逃げて行きました。
その黒い影というのが、人の死体を食べる妖怪、『くわしや』だったのです。
そのくわしやを退治した民部は、
「よくぞ、姫をくわしやから守ってくれた。全く、見事な太刀筋よ」
と、殿さまに、大変褒められたそうです。
それから、数年後の事です。
民部は体調を崩したので、草津温泉へ湯治に出かけました。
そして民部が湯につかっていると、額に傷のある山伏が現れて、民部の隣で湯につかりはじめました。
やがて山伏は民部に顔を向けると、こう言いました。
「わたしは以前、ある高貴な若い娘の死骸をさらってやろうとしたのですが、ある武士に切りつけられてこの様な傷を負ってしまいました。あの時の武士の顔は、決して忘れはしません。必ずや仇を取ってやろうと、ここにやって来たのです」
「すると貴様は、あの時のくわしやか!」
民部はそう言うと、湯船の近くに隠していた刀を取って、山伏を斬りつけました。
しかし山伏はひょいとその刀をかわすと、民部を睨んで、どこかへ消えてしまいました。
それからすぐに、民部の具合が悪くなり、民部はそのまま寝込んで死んでしまったのです。
おしまい