2012年 8月20日の新作昔話
大蛇を改心させたお経
むかしむかし、とても欲ばりの長者がいました。
ある日の事、この長者の屋敷が火事になったのです。
長者は、一度は外へ逃げ出したものの、
「わしとした事が、大切なお金を持って出るのを忘れてしまった!」
と、再び燃えている家の中に飛び込んだため、そのままお金と一緒に焼け死んでしまったのです。
そして長者の奥さんは何とか助かったのですが、夫も家もお金も、全てを同時に失った事で心の病気になり、奥さんは村はずれの沼に身を投げると、恐ろしい大蛇へと姿を変えてしまったのです。
さてこの奥さんが姿を変えた大蛇ですが、大蛇になっても心の病気は治らなかったのか、村人たちの夢枕に現れて、こんな恐ろしい事を言ったのです。
「毎年、一軒の家に白羽の矢を立てる。白羽の矢が立った家の娘を、我の生け贄に捧げろ。娘を捧げなければ、村を泥の海に沈めてしまうぞ」
それからと言うもの、村人たちは泣きながら、娘を沼に沈めたのです。
ところで、この村にはもう一人の長者がいました。
以前は大変なお金持ちでしたが、人の良さから人にだまされて、今ではすっかり落ちぶれていました。
ある年の事、この長者の家に白羽の矢が立ったのです。
長者は大変悲しんで、
「娘が助かるのなら、残った財産を全て投げ出してもよい」
と、言いました。
そこへ、以前、長者から恩を受けた男がやってきて、
「ならば、身代わりになってくれる娘を探してまいりましょう」
と、長者から大金をあずかって、村を出て行ったのです。
しかし、いくら大金をくれると言っても、身代わりの死のうと言う娘など、簡単に見つかるわけはありません。
男は何日何日も身代わりを探しているうちに、とうとう長者の娘が沼に沈められる前の日になってしまいました。
さてその晩、男が一夜の宿を頼んだ家では、母親の重い病気が治る願掛けに、娘がお経を写していました。
とても美しい娘なので、長者の娘の身代わりにぴったりです。
そこで男は自分が人買いである事と、人身御供になる長者の娘の身代わりを買いに来た事を正直に話しました。
これを聞いた病気の母親はひどく怒り、男を追い出そうとしましたが、娘が男に言ったのです。
「そういう事なら、どうかわたしを身代わりにしてください。長者さまからお金をいただければ、母に薬を買ってあげられますから」
そして書き写したお経を着物のたもとに入れると、男と共に長者の村へと急ぎました。
そして身代わりの娘は、長者の娘の着物を着ると、
「長者さま、母の事をくれぐれもよろしく頼みます」
と、言って、大蛇のいる沼へと向かいました。
やがて沼のほとりには生暖かい風が吹き、にわかに水面が波立つと、大蛇が顔を出してその大きな口を開いたのです。
娘は覚悟を決めると、着物のたもとに入れてきたお経を取り出して読み始めました。
するとどうした事か、大蛇は急に動かなくなり、娘があげるお経を静かに聞き始めたのです。
やがて大蛇は、まっ赤な目から大粒の涙を流して、
「あなたのお経を聞いて、心の病が消えました。これで成仏出来ます。ありがとう」
と、言い残して沼の中へと消えてしまいました。
それからは沼に大蛇が現れる事はなくなり、落ちぶれていた長者の家にも運が向いてきて、再び元のように栄えはじめたのです。
そして大蛇を改心させた孝行者の娘は、長者からもらった大金で病気の母親に良い薬を買うことが出来、元気になった母親と一緒に末長く幸せに暮らしたのでした。
おしまい