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2012年 9月21日の新作昔話

鬼の面

鬼の面
福岡県の民話

 むかしむかし、山奥の小さな村に、父親と娘がひっそりと暮らしていました。
 父親は体が弱く、病気ばかりしていたので、娘は父親の分まで一生懸命働いていました。
 けれど、娘一人の働きでは暮らしは少しも楽にならず、とうとう父親の薬を買うことも出来なくなりました。
 そこで娘は、父親に言いました。
「お父さん、わたしをとなり村のお金持ちの家へ、働きに行かせてください。ここで畑仕事を続けているだけでは、薬どころかご飯も食べられないのです。わたし、精一杯働いてお父さんに薬を買ってあげたいのです」
「そうか、すまないなあ。ありがとう」
 父親は、涙を流して娘に礼を言いました。
 翌日から、娘は山を下りてとなり村の金持ちの家へ行き、働かせてもらうことになりました。
 娘は台所仕事でも、庭仕事でも、なんでも本当によく働きました。
 そんなある日のこと、娘は主人のお使いで町へ行きました。

 お面がならぶ店の前を通りかかった娘は、
「あっ!」
と、小さく叫んで立ち止まりました。
 たくさんならんでいるお面の中に、父親そっくりの顔をしたお面があるのです。
 娘は今まで働いて貯めたお金を全部出して、そのお面を買って屋敷に戻りました。
 そして台所の棚の下にかけて、手を合わせました。
「どうか、お父さんが今日も一日無事で過ごせますように」
 お面は、やさしくほほ笑んでいるようでした。
 娘は朝起きると父親のお面に手を合わせ、夕方、日がくれる前にもう一度、手を合わせました。
 お面に手を合わせるようになってから、娘はますますはりきって働くようになりました。
 なんだかお父さんが、すぐそばで見ていてくれるような気持ちがして、『がんばらなくちゃ』と、勇気がわいてくるのです。
 父親のお面は、娘にとって宝物でした。
 ところが、娘と一緒に働いている女の子が鬼のお面を買ってきて、いたずらで父親のお面と取り替えてしまったのです。
 夕方、仕事を終えて台所に来た娘は、いつものように手を合わせようとして悲鳴をあげました。
「お父さんの顔が! お父さんの顔が鬼に!」
 女の子のいたずらとは知らない娘は、鬼のお面をすぐにふところに入れてると、主人の所へ行って言いました。
「ご主人さま、わたしをすぐに里へ帰してください。父に何かあったにちがいありません。やさしい父の顔が、恐ろしい鬼に変わっているのです。きっと父の体に、何か恐ろしいことが」
 主人は娘に落ちつくように言い、
「里へ帰るのなら明日の朝にしなさい。今からではとても山へ登れないよ」
と、さとしましたが、けれど父親のことが心配な娘は、主人の言葉を振りきるようにして屋敷を飛び出しました。
 娘は村の道を、山へ山へと走り続けました。
 山道を登り始めたとき、主人の言った通り日がくれて、山道は真っ暗になりました。
 でも、娘は少しでも早く父親に会いたくて、木のつるにつまずいたり、枝で顔を引っかけたりしながらも、山の奥へ入っていきました。
 すると、すぐ近くで赤い火が、ユラユラ揺れているのが見えました。
(誰かがたき火をしているんだわ。ほんの少し休ませてもらおう)
 走り続けた娘は、さすがに疲れていたので、草をかきわけながら近づいていきました。
 しかし、火を囲んでいたのは山賊たちで、たくさんのお金や宝物をならべて酒盛りをしているまっ最中だったのです。
 娘は怖いと思いましたが、山賊たちはお酒とおしゃべりに夢中で、誰一人娘に気がつきません。
 娘は火のそばにいって、手をかざしました。
 そのとたん、パチパチッと枝が燃え、火の粉があがりました。
 娘は、煙たいのとやけどが怖いのとで、ふところから鬼のお面を取り出すとかぶりました。
(こうすれば煙たくないし、危なくもないわ)
 でもそのとき、山賊の一人が娘に気がついて、顔をのぞき込んだのです。
 そしてその山賊は、飛びあがるほど驚いて、
「うわっ、うわー。鬼だあー!」
と、転がるように逃げて行きました。
「鬼だって?」
 ほかの山賊たちも、娘を見てびっくりです。
 たき火の赤い火が、お面の赤い顔をますます赤く赤く照らして、まるで本物の赤鬼に見えるのです。
「鬼が出た!」
「殺される前に、はやく逃げろ!
 山賊たちは宝を放り出したまま、みんな逃げてしまいました。
「あの・・・」
 娘は一人、たき火の前に残されました。
 そして娘は、くすくすと笑いました。 
「お父さんが、わたしをまもってくれたんだわ」
 それから娘は、山賊たちの置いていったお金や宝物をもらって、山奥のなつかしい家へと急ぎました。
 父親は、突然帰ってきた娘に驚きましたが、娘の元気な姿を見て、涙を流して喜びました。
 その次の日から、父親と娘は山賊の残していったお金と宝を少しずつ使いながら、仲良く暮らすことが出来たのです。

おしまい

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