2012年 10月29日の新作昔話
星のひとみ
フィンランドの昔話(トペリウス民話) → フィンランドの情報
むかしむかし、あるクリスマス・イブの事、トナカイの引くソリが雪山を走っていました。
前を進む大きなソリには大勢のラップ人(→スカンディナヴィア半島北部のほぼ北極圏内にすむ人々の総称)が、そしてその後ろから引っぱられる小さなソリには、赤ん坊を抱いたお母さんが乗っています。
ところが山を登りきったところで、一行はオオカミの群れに襲われたのです。
そしてびっくりしたトナカイが急に逃げ出したため、ソリは激しくゆれると、赤ん坊をふり落として、そのまま、やみの中へかけさってしまいました。
ふり落とされた赤ん坊はたった一人で、雪の中からじっと夜空にきらめく星を見つめていました。
そのとき、赤ん坊のひとみに夜空の星が宿りました。
そして運が良い事に、間もなく赤ん坊のそばを通りかかるソリがあったのです。
それは、フィンランド人のお百姓でした。
お百姓は赤ん坊を拾って帰ると、
「ほら。クリスマスの贈り物だよ」
と、おかみさんに赤ちゃんを渡しました。
「まあ、すてき。わたしたちには男の子しかいないから、あの子たちにも妹が出来て、さぞ喜ぶでしょう」
赤ん坊は、とりわけ美しくかがやくひとみを持っていたので、『星のひとみ』と呼ばれて育ちました。
その星のひとみが三歳になる頃、おかみさんはこの少女の目が、特別な力を持っているのに気づきました。
ある日など、山にふぶきが荒れ狂っている中、星のひとみがちょっと外へ出ると、すっかりふぶきがしずまったのです。
また別の日には、家に泊めてやった旅の男が、おかみさんの大切にしている金の指輪(ゆびわ)を盗んだ事がありました。
みんなはその男をくまなく探しましたが、金の指輪は見つかりません。
そのとき、星のひとみはこう言ったのです。
「あの人、口の中に指輪を隠しているわ」
調べてみると、その通りでした。
そんな事が続いたので、おかみさんは星のひとみを気味悪く思うようになりました。
そして、ラップ人は魔法を使うと信じていたおかみさんは、ある日、お百姓の留守に、星のひとみを穴ぐらの中に閉じ込めてしまったのです。
それを知った隣のおかみさんは、お百姓のおかみさんに言いました。
「あの子をわたしにおよこし。ラップ人の国に帰してきてやるからさ」
その日は、クリスマス・イブでした。
となりのおかみさんは星のひとみを連れ出すと、雪山へ星のひとみを置き去りにしたのです。
「雪の上からきた子だから、雪の上に帰したまでさ」
さて、家に帰って星のひとみがいなくなった事を知ったお百姓は、とても怒りました。
「貧しかった家が豊かになったのも、みんなが病気もせずにいられたのも、泥棒から金の指輪が戻ってきたのも、あれもこれも、みんなあの子のお陰だったんだぞ!」
「たしかに、その通りだわ」
お百姓とおかみさんは、隣のおかみさんをソリに引きずり込むと、星のひとみを捨てた場所へソリを走らせました。
でもそこには雪のくぼんだ跡と、スキーの跡が残っているだけでした。
そしてその帰り道、隣のおかみさんはオオカミに襲われて、食べられてしまいました。
その日から星のひとみがどこへいったのか、知っている者はだれもいません。
おしまい