2012年 11月19日の新作昔話
朝茶は難のがれ
栃木県の民話
むかしむかし、下野の国(しもつけのくに→栃木県)のある村に、たろべえというお百姓がいました。
ある日の事、たろべえが畑仕事をしていると、突然に役人がやってきて、たろべえを捕まえてしまったのです。
びっくりした村人たちは、たろべえが連れて行かれた代官所に行って見ましたが、門番は村人たちを入れようとはしません。
そこで村人の一人が、出入りする役人に何とか事情を聞いたところ、たろべえは一揆(いっき)を起こそうとした罪で、はりつけの刑にされるというのです。
それを聞いた村人たちは、
「一揆だなんて、何か間違いだ!」
「そうだ。たろべえは、何もしていないぞ!」
と、訴えたのですが、役人たちは聞き入れてくれません。
そしてとうとう、たろべえがはりつけの刑を受ける日の朝となり、たろべえは処刑場へと連れて行かれました。
村人たちも、
「もはやこれまでか」
と、あきらめていると、突然、代官所の中から、
「開門! 開門!」
と、大きな声が聞こえて来ました。
ギギー
門が開くと、白はちまきにたすきがけの役人が、馬に乗って現れました。
その役人は、門の前にいる村人たちに、
「たろべえは、無実とわかった。これから処刑を止めさせに行く!」
と、言うと、馬にひとムチ当てて、処刑場へ向かって馬を走らせました。
門の前にいた村人たちは、
「よかった、よかった」
「これで、たろべえは助かるぞ」
と、喜びながら馬のあとを追いかけました。
さて、ちょうどその頃、処刑場では、たろべえの処刑の準備が行われていました。
すると見張りの役人が、たろべえを可哀想に思ったのか、
「どうだ。朝の茶でも、一杯飲まんか?」
と、言いました。
しかし、たろべえは、
「いや、おれはじきに殺されるんだから、茶なんかいらん。早く連れて行ってくれ」
と、言い捨てたのです。
その頃、早馬に乗った役人は、一刻も早くたろべえを助ける為に、馬の尻にムチを入れていました。
「急げ! 急げ! 早くせんと、無実の者が殺されることになる!」
そして、処刑場が見えたとき、
「そのはりつけ、やめーい! はりつけ、やめーい!」
と、大声で叫びました。
でもちょうどその時、たろべえは処刑場の役人に、槍で心臓を突かれてしまったのです。
早馬の役人が駆けつけた時には、たろべえは死んでいました。
後から、たろべえが無実であった事を聞かさせた見張りの役人は、
「ほんのちょっとの差で、間に合わなんだか。わしがすすめた朝のお茶さえ飲んでおれば、死なずにすんだものを」
と、とても悔やんだそうです。
こんな事があってから、『朝のお茶はその日の難を逃れる』と言って、この地方の人は、人に朝のお茶をすすめられたら、必ず飲むようにしたそうです。
おしまい