7月10日の世界の昔話
かしこい大臣
中国の昔話 → 国情報
むかしむかし、唐(とう)の国に、それはそれは美しいお姫さまがいました。
気だてがやさしく、そのうえかしこい方でしたので、どこの国の王さまも、ぜひ自分のおきさきにむかえたいと思っていました。
チベットの王さまも、このお姫さまをおきさきにむかえたいと思って、一番かしこい大臣を、唐の都へおつかいにやりました。
そのころ唐の都には、もう、六つの国からおつかいがきていました。
唐の皇帝(こうてい→王さま)は、チべットからのおつかいがきたと聞いて、こまってしまいました。
それは、そんなに遠くへお姫さまをお嫁にやってしまっては、なかなかあうことができないだろうと、思ったからです。
そこで皇帝は、家来たちを集めてそうだんしました。
すると、一人の家来が、
「はじめからチベットだけを、おことわりすることもできませんから、使者たちにむずかしい問題をだして、それをといたものの国王に姫ぎみとのご結婚をおゆるしになる、というのはいかがでしょう?」
と、いいました。
この考えに、皇帝もほかのものも、みんなさんせいしました。
さて、そのつぎの日、皇帝は五百頭の母ウマと、五百頭の子ウマをひきださせました。
そして、母ウマだけをつなぐと、こういいました。
「使者の方がた。遠いところをごくろうでした。わたしに七人の娘があればよろしいのですが、ざんねんなことに、娘はたった一人しかおりません。そこで、こういうことにしましょう。いま、ここに五百頭の母ウマと五百頭の子ウマがいます。それぞれの親子を、ちゃんと見わけた方の王さまに、姫をさしあげることにしましょう」
そこでおつかいたちは、子ウマをつれて母ウマたちのそばへいきました。
けれども、母ウマがけったり、子ウマがかけだしたりするものですから、どうしてもうまくいきません。
とうとう、一組の親子も、見わけることができませんでした。
これを見ていたチべットのおつかいは、おいしいえさをたくさん用意してもらって、母ウマにおなかいっぱいたべさせました。
チべット人はウマをつかいなれていますから、ウマの性質もよく知っていたのです。
母ウマたちは、おなかがいっぱいになると、高く首をあげていななきました。
「さあ、はやくおいで。お乳をあげましょう」
と、自分の子どもをよんだのです。
それを聞いて、子ウマたちはそれぞれの母ウマのところへかけよって、お乳を飲みはじめました。
こうしてチベットのおつかいは、五百組のウマの親子を、のこらず見わけてしまいました。
唐の皇帝は、おどろきました。
そこで、もうひとつ問題をだすことにしました。
「ここに、みどり色の玉があります。この玉の穴に糸を通すことのできたものの国王に、姫をお嫁にやりましょう」
おつかいたちは、その玉を手にとってみました。
ところが、その玉の穴というのは、それはそれは小さくて、しかも玉の中ほどで、穴がまがりくねっているのです。
六人のおつかいたちは、あれこれと玉をいじくりまわして、なんとか糸を通そうとしました。
けれども半日たっても、だれ一人通すことができません。
するとチベットのおつかいは、一ぴきのアリをつかまえてきました。
その足に糸をむすびつけて、玉の穴にいれました。
そして出口のほうに、あまいにおいのするミツをぬっておきました。
アリは、そのにおいにひかれて、糸をひっぱったまま穴を通りぬけました。
それを見て唐の皇帝は、あっとおどろきました。
でも、もう一度ためしてやろうと、思いました。
そこで皇帝は、大工をよびました。
まず、大きな木をきりたおさせて、その木のまんなかをきりとらせました。
それから、根もとに近いほうも上のほうも、すっかりおなじかたちにけずらせて、ツルツルにみがかせました。
皇帝はその木を、七人のおつかいの前にはこばせて、
「この木は、どちらが根もとで、どちらが先のほうかな? それを見わけてください」
と、いいました。
こんども、六人のおつかいは木の両はしを、あちこちとながめまわしたり、なでたりさすったりしました。
でも、そんなことでは、さっぱりけんとうがつきません。
おしまいには、やっぱり、チべットのおつかいが見わけることになりました。
チベットは、高い山にかこまれた国ですから、木というものをよくしっています。
それでその木を、ご殿の庭を流れている川にうかばせました。
木は水面にうかんでプカプカ流れていきました。
そのうちに、かるいほうが先になり、おもいほうがうしろになりました。
チベットのおつかいは、それを指さして、
「この、うしろのほうが根もとで、前が木の先のほうでございます」
と、こたえました。
「ほほう、それはまた、どうしてですかな?」
と、皇帝が聞きますと、
「木というものは、先のほうより根もとになるにつれて、おもくなるものでございます。そして流れるときには、かるい方が先になって流れますから、かんたんに見わけられるのでございます」
と、こたえました。
こうなっては唐の皇帝も、チベットのおつかいのかしこさを、みとめないわけにはいきません。
それでも、一人娘をそんな遠い国ヘお嫁にやってしまうのが、なんだかおしくてなりません。
そこで、もう一度家来たちを集めて、ありったけのちえをしぼることにしました。
みんなで、そうだんしあっているうちに、一人の大臣がいいました。
「よい考えが、ございます」
「ほほう。いってみなさい」
「お姫さまと、同じように美しい娘たち三百人に、お姫さまと同じきものをきせておいて、その中からお姫さまをえらびださせるのでございます」
「なるほど。七人のつかいのものたちは、だれも姫を知らないのだから、こんどこそあてることのできるものは、いないだろう」
そこで皇帝は、つかいの人たちに、
「あす、三百人の美しい娘の中から、姫をえらびだしてください。それができた人の国王こそ、姫にふさわしい方と考えます」
これを聞いて、七人のおつかいたちは、みんなおどろいてしまいました。
とりわけこまったのは、チべットのおつかいでした。
せっかく、いままでむずかしい問題をうまくといてきたのに、さいごになって、とてもできそうもない問題がだされたからです。
チベットは遠い国で、お姫さまのことはなにも知りません。
そこでチベットのおつかいは、ご殿のまわりをさんぽするようなふりをして、ご殿に出入りする人たちに、お姫さまのことをたずねました。
やおやにも、せんたくやにも、車ひきにも、聞いてみました。
けれども、だれも知らないというのです。
チベットのおつかいは、こまってしまいました。
そのとき、ご殿のうら口から、一人のせんたくばあさんがでてきました。
さっそく、ばあさんにも聞いてみました。
ばあさんは、顔色をかえて、
「とんでもない。よその国のお方にお姫さまのことをお知らせしたらたいへんです。命がなくなるんですよ」
と、いいました。
けれどもチべットのおつかいは、このままだまってはいられません。
「では、お姫さまのことを知っているんだね。教えてください。おねがいだ。チベット王はすぐれた方です。姫ぎみに、ふさわしい人ですよ」
おばあさんは、チベットのおつかいがねっしんなので、つい心を動かされました。
「これは、お姫さまのおそばの人が、話しあっているのを、聞いたんですがね」
と、いって、おつかいの耳もとに口をよせて、なにやらボソボソと話しました。
さて、あくる日。
チベットのおつかいがご殿にいくと、三百人の美しい娘たちが、ずらりとならんでいました。
ほかの六人はとっくにきていて、さんざんさがしましたが、どうしてもさがしだすことができなくて、あきらめたところでした。
チベットのおつかいは、一人一人をゆっくりとながめていきました。
やがて、一人の娘のあたまの上を、金色のハチがとんでいるのを見つけました。
娘は、いやな顔もしないで、やさしくハチを見ています。
「このお方で、ございます!」
チベットのおつかいは、その娘を指さしました。
「みごとだ。そのとおりです」
皇帝は、すっかりかんしんしてしまいました。
さて、チベットのおつかいは、どうしてあてることができたのでしょうか。
じつは、せんたくばあさんの話しによると、お姫さまはかみの毛に、ミツをぬるのがたいヘん好きだったのです。
そのため、ハチやチョウチョウが集まってくるので、お姫さまはいつも、そういうムシをかわいがっていたのです。
皇帝は、もうどうしようもありません。
お姫さまを、チべット王にお嫁にやることにきめました。
チベットのおつかいは喜んで、お礼をいいました。
それから、お姫さまにむかって、
「お姫さま、チベット王のもとにお嫁いりなさいますときは、金銀や、おめしものなどは、お持ちくださるにはおよびません。そのようなものは、チべットにもたくさんございます。そのかわり、穀物(こくもつ)のタネと、りっぱなしごとのできる職人をおねがいいたします」
と、たのみました。
かしこいお姫さまは、そのとおりに、皇帝におねがいしました。
さて、お嫁いりの日がきました。
皇帝は、お姫さまのねがいどおり、穀物のタネを五百頭のウマにつみ、すきや、くわを、千頭のウマにつんで持たせてやりました。
そのほかに、腕のいい職人をなん百人もおともにつけてやりました。
そのときから、チベットには穀物のタネがまかれて、おいしいムギなどがとれるようになったのです。
つれていった職人たちも腕をふるって、りっぱなおりものや、細工物(さいくもの)をつくりはじめました。
今でもチベットでは、そのときに伝わったおりものや細工物が、たくさん売られていますよ。
おしまい
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