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第 76話

キリシタンバテレン

キリシタンバテレン

 むかし、ある宿屋に、外国人のお客がやってきました。
 そのお客は顔が雪のように白く、髪の毛は燃えるように真っ赤で、大きなえりのついたマントをつけています。
 それを見た宿屋の番頭は、
(ははーん、これがうわさに聞くバテレンさんだな)
と、思いました。
 バテレンとは、日本にキリスト教を広めに来た神父の事です。
 バテレンは、番頭に大きなかばんを出して言いました。
「夕方までには帰ってきます。このかばんをあずかってください。でも中を見ては駄目です。あなたは約束してくれますか?」
「へい、大事にお預かりしますから、安心してください」
 番頭さんがそう言うと、バテレンはにっこり微笑んでどこかへ行ってしまいました。
 ところが夕方になっても夜になっても、バテレンは帰ってきません。

 翌日も、その翌日も、バテレンは帰ってきませんでした。
 バテレンを探そうにも名前も連絡先もわからないので、番頭から相談を受けた宿屋のおかみさんも困ってしまいました。
「番頭さん、かばんを開けてみたらどうだい?」
「けど、おかみさん。あのバテレンとは、中を見ないと約束したので」
「相手も約束の夕方までに帰って来なかったじゃないか。それに身元の分かる物を探すだけだよ。調べた後、ちゃんと元通りに閉めておいたら大丈夫さ」
「まあ、確かにそうですが」
 そこで番頭は、おかみさんと一緒にバテレンのかばんを開けて見ました。
 するとかばんの中には布包みが一つあって、包みの中には古ぼけた日本の人形が入っているだけでした。
「おや、これだけかい?」
「はあ、これだけですねえ」
 仕方なく人形を包みなおして、元通りかばんを閉めておきました。

 さて、その日の夜の事です。
 あのバテレンが、帰って来ました。
 番頭はしまっておいたかばんを出して、バテレンに渡しました。
「番頭さん、ありがとう。ところで、あなたは中を見ましたか?」
 バテレンにそう言われて、番頭さんはつい、
「いいえ、見ていません」
と、答えてしまいました。
「本当ですか? うそを言っても、わたしには全部わかりますよ」
 バテレンはそう言いながらかばんを開けて、中から古ぼけた人形を出しました。
「念のために、このお人形に聞いてみましょう。この子には命があって、見る事もお話する事も出来るのです。・・・さあ、お人形さん、番頭さんはかばんの中を見ましたか?」
 すると古ぼけた人形の口が動いて、何かを話し始めたのです。
 何を言っているのかはよくわかりませんが、番頭さんの耳にはその声が、
「みたー、みたー」
と、言っている様に聞こえたのです。
「ひー、なんまんだぶなんまんだぶ。どうか、お許しくだせえ、確かにかばんを開けて見ました」
 番頭さんは恐ろしくなって、床に頭をつけて人形とバテレンにあやまりました。
「約束を破るのは、よくありません。だれも見ていないと思っても、神さまは必ず見ているのですよ。そして神さまというのは・・・」
 それからバテレンは、キリストの話を宿にいるみんなに聞かせたのです。

 おそらくその人形はバテレンが信者を増やすために作ったカラクリ人形でしょうが、一人でに動く人形を見せられた人たちは、
「西洋の神さまはすごい」
と、その日の内に多くの人がキリスト教に入信したそうです。

おしまい

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