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第 36話
五寸釘寅吉
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昔々、現在の三重県。
西川寅吉という、賢くて堅牢な十四歳の少年がいました。
とても貧しかったけれど、実は忍者の末裔とも噂されるほど切れ者でした。
博打打ちの叔父さんは、とても寅吉を可愛がってくれていました。
ある日のこと、叔父さんがやくざ者の元からボロボロになって帰って来たのです。病態はみるみる悪くなり、叔父さんは死んでしまいました。
寅吉は日本刀を持ってなぐりこみに行きます。
「叔父の仇ー!」
寅吉は、放火してしまったのです。
…そこからが、彼のならず者人生の始まりでした。
寅吉は脱獄が得意でした。
地元の小さな監獄ではひょいと逃げてしまいます。
逃げた先では博打で叔父さんが得意だったイカサマをして大儲け。
でもやっぱり捕まり、北の大地、秋田の監獄に連れて行かれます。
噂通り、秋田の監獄の生活は辛いものでした。
看守の様子を伺います。
「今だ!」
塀を乗り越え寅吉は走ります。
どこまでも走ります。故郷へ向かいます。
南へどんどん進み、やっと静岡までつきました。
お金を集めるために、また叔父さん仕込みのイカサマを使います。
あまりにイカサマを使うので博打打ちたちは怒り出します。
「しまった!調子に乗りすぎた!」
寅吉の小さな体が軽々と走っていきます。
暗闇の中、博打打ちたちは、罠をしかけていました。
彼の足にぐさり。だいぶ深く刺さった気がします。でも彼は気にせず走り続けたのです!
十二キロ走りましたが、疲れてしまい役人に捕まってしまいました。
踏んだものは、木に打ち付けられた五寸釘、約15センチもある鋭い釘でした。こんなものを踏んでいたら、普通の人は参ります。
そこで彼は、「五寸釘寅吉」というあだ名が付けられたのです。
寅吉は悪さのしすぎで船に詰められました。
海の向こう、森の奥、現在の北海道の網走にある牢に連れて行かれることになりました。
そこは地獄のような生活でした。
看守の命令通りに未開の森を切り拓いていきます。
寒さや飢え、不自由に、当たり前のように死人が出ました。
小さいながら、並々ならぬ体力と彼の賢さに、みんな彼を慕っていました。
「そろそろ脱獄しようかなぁ?」
「頑張れよ!」
「何かできることがあったら教えてくれたまえ」
ある夏、やっぱり彼は脱獄しました。
アイヌの人々が通るような舗装されてない道を走り抜け、小樽や札幌で金持ちから金を盗んでは気まぐれに貧しい人に与えて、博打で湯水のように使いました。しかし、その半年後また捕まり監獄に戻りました。
今度は冬の雪の中、ならず者仲間たちが雪けむりをバッサバサあげます。
すると寅吉はその中を、白い布でカモフラージュをして、真っ白のモモンガのように塀の外を飛んでいきました。
でも、また3ヶ月後に捕まってしまいました。
彼にはたくさんの仲間ができました。
茨城から、坂本慶次郎という、それはとにかく悪いならず者がやって来ました。
彼もまた面白いあだ名がありました。一日に48里(約192キロ)も、稲妻のように走るので、「稲妻小僧」と呼ばれていました。
あまりに悪いやつだと聞いていたし、稲妻はとても体が大きかったので、小さな寅吉も最初はびくびくしていました。
でも、話を聞くと意外と通じ合うではないですか。
「母が死んでから継母の叔母にいじめられて、そこから俺の人生は滅茶苦茶になってしまった気がする。今や本当の味方は本土の妻子のみ」
「それは可哀想に」
そう思った寅吉は、稲妻小僧に脱獄方法を教えてあげました。
稲妻小僧も脱走して、故郷へ走っていって、それっきり帰っては来ませんでした。
「故郷より遠くへ行ってしまったんだな…」
寅吉は新しい罪人が入ってきては、色々教えてあげます。死んじゃったり、恩赦で出獄したりと、いなくなる人も多いです。
「一生このままなのだろうか、故郷のみんなにはいつになったら会えるんだろう…もう少し、真面目に生きないと」
服役しきれないほどの罪を抱えている寅吉も、まるで修行僧のように不思議と歳をとるほど丸くなっていきました。
そんな寅吉にも幸がやってきました。とうとうもう少しで執行停止の頼りがやってきたのです。
「もう少しでわしも、ようやく走らず故郷へ帰れる…」
どん底まで下がれば、もうこれ以上下がることはありませんでした。
「模範囚の中でも最も信用できる」と言われるようになり、仙人みたいに大きい彫刻を掘ったり、穏やかに庭の掃除をしたりするようになりました。
とうとう出獄です。
すると、東京から劇団長がやってきて彼に声をかけます。
「奇跡の脱獄者の寅吉先生。どうか一緒に日本を巡って商売をしましょう!」
すぐに故郷に帰った方がいいか悩みましたが、人生最後の冒険を期待した寅吉は決心しました。
「それは乗った!」
ようやく日の目を見た寅吉は、日本中あちこちを巡っては懺悔話や思い出話をたくさん観客に語りました。
「みなさん、わたくしはこの通りぴんぴんしていて、奇跡の人と呼ばれていますが、みなさんは真似をしてはいけませんよ。私はお医者さんから五寸釘を踏んでもびくともしないような特別な体を持っていると言われましたし、監獄は地獄のようでした。絶対に悪いことはしてはいけません。文字通り奇跡なのです」
そうして、故郷の家族の元へ帰りました。故郷のみんなは大歓迎し、寅吉は穏やかな余生を過ごし、布団の上で87歳で亡くなりました。
彼の脱獄回数は6回。日本でそれを超えた人は存在しません。日本一の脱獄王のお話でした。
完
お話の投稿者 土佐紬樹
この作品は、読者からの投稿作品です。
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