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第31話

魔術の本

魔術の本
エジプトの昔話 → エジプトの国情報

 むかしむかし、あるところに、サトニ・力ーメスという魔法使いの王子がいました。

 ある日の事、王さまにつかえる学者が王子のサトニに言いました。
「王子さま。神さまの書いた魔術の本を、ごぞんじですか?」
「神さまの魔術の本?! それは、どんな本だ!? どこにあるんだ!?」
「本には二つの呪文(じゅもん)が書いてあり、一つは、山や海に魔法がかけられます。もう一つは、たとえ死んでしまっても地の底で生きられるそうです。その本は、ネフェルカプタハ王子のお墓の中にあります」
 それを聞いた王子のサトニは、すぐに王さまのところへ行きました。
「父上、神さまの書いた魔術の本があるそうです。どうか、弟と行かせてください」
 サトニの魔法好きを知っている王さまは、ニッコリわらって言いました。
「では、気をつけて行きなさい」
「はい、ありがとうございます」
 サトニが大喜びで部屋を出て行くと、さっきの学者が言いました。
「王子さま。ネフェルカプタ王子は、強い魔法使いでした。くれぐれもご用心を」
「ありがとう」
 サトニと弟のアンハトホルラーは本探しの準備をすると、教えてもらった墓場へ行きました。
「わあ、すごい数だ」
「そうだね。この中からさがすのは大変だよ」
 墓場には、数千以上の墓が並んでいます。
 二人は順番に調べていきましたが、ネフェルカプタハ王子の墓はなかなか見つかりません。
 次の日も一日中さがしましたが、ネフェルカプタハ王子の墓は見つかりません。
 でも三日目のお昼に、やっと見つかりました。
「あっ、あった! ここに、ネフェルカプ夕ハ王子の墓と書いてある」
「本当だ。・・・でも、どうやって中へ入るの?」
「大丈夫。ぼくの魔法にまかせて」
 サトニが呪文をとなえると、目の前の地面がバカッとわれました。
「さあ、今のうちに入るんだ」
 墓の中は広く、まるで大広間のようでした。
 たいまつの火でてらしながら奥へ進むと、不思議な事に奥はぼんやりと光っていました。
 その光の真ん中に、死んだ人間のミイラが三つならべてあります。
 ミイラは、男の人と女の人と子どもです。
 その男の人のミイラの近くに、本が置いてあります。
「あれが、神さまの書いた魔術の本だな」
 サトニが本を取ろうとすると、男の人のミイラが急に立ち上がりました。
「だれだ! これは、大切な物だ。取ってはいけない」
「ぼくはウシルマリ王の子、サトニ王子だ。悪いが、この本をもらっていくぞ」
 サトニが本をつかむと、女の人のミイラが言いました。
「おねがいです、持って行かないでください。
 わたしは、ネフェルカプタハ王子のきさきです。
 実はわたしたち親子三人は、神さまの本をほしがったために、地上での命をなくしてしまったのです」
「どんな目にあったの?」
「はい」
 おきさきは、悲しそうに話してくれました。
「神さまの本がコプトスの近くのナイル川の底にあると聞いたので、わたしたちはコプトスにやって来ました。
 コプトスにつくと王子は人形の水夫(すいふ)を作り、魔法の呪文で人形に命を吹き込みました。
 人形が川を探し始めて三日目、ついに人形は本の入っている金のはこを見つけたのです。 王子は喜んで、金のはこから神さまの本を取り出しました。
 するとそのとたん、わたしと子どもは神さまの怒りのカミナリをあびて、川に落とされてしまったのです。
 なんとか無事だった王子も、大切な本をだいて川に飛び込んでくれました。
 こうしてわたしたち三人は、今でも本と一緒にお墓の中にいるのです。
 ですから、どうぞ本を持って行かないでください」
「うーん。それは気の毒だが、ぼくはどうしても神さまの魔法が知りたいんだ。悪いけど、本はもらっていくよ」
 サトニが再び本を持って行こうとすると、男のミイラが言いました。
「サトニよ。きさきから話しを聞いても、まだ持って行くというのか?」
「うん、持って行く」
「では、わたしと勝負をしないか? わたしに犬将棋(いぬしょうぎ→しょうぎの一種)で勝ったら、本はきみにあげよう」
「犬将棋か。勝ったもどうぜんだな」
 犬将棋が得意なサトニは、その勝負を受けました。
 でもネフェルカプタハ王子はとても強く、サトニはすぐに負けてしまいました。
「サトニ、きみの負けだ。バツとして、穴に入るんだ」
 ネプェルカプタハは、サトニを足まで土の中に押し込みました。
「お兄さん、がんばって」
 弟が、サトニをおうえんします。
「まかせろ、今度こそ勝つからな」
 しかし次の勝負も、サトニは負けたのです。
 サトニは、腰まで土の中に押し込められました。
「ちくしょう、今度こそ」
 でも次も負けて、サトニは耳まで土の中に押し込められました。
 ネフェルカプタハ王子が、にやりと笑いました。
「サトニ、これできみは動けない。そのまま死んで、わたしたちの仲間になるのだ」
  サトニは、弟に言いました。
「アンハトホルラー。かばんに入っているおふだを、ぼくの頭にはってくれ」
 弟のアンハトホルラーがサトニの頭におふだをはると、サトニは魔法の力で土の中からスポッと抜け出しました。
「それ、本を持って逃げるぞ!」
 サトニは神さまの本をつかむと、弟と一緒に墓から逃げ出しました。
 すると神さまの本の力がなくなり、あたりがまっ暗になりました。
 急に暗くなったので、子どものミイラが泣き出しました。
 おきさきも、とてもかなしそうです。
 王子のネフェルカプ夕ハが、二人に言いました。
「かなしがらなくてもいいよ。本は、きっと取り返してみせるから」

 さて、墓の外に出たサトニと弟は、墓の穴をしっかりとうめました。
「よかったね、お兄さん」
「うん。とうとう神さまの本を手に入れたよ」
 二人は城へ帰ると、今までの事を王さまに話しました。
 すると王さまは、二人に言いました。
「その本を、すぐにお墓へ返しに行きなさい。返さないと、あの王子が取り返しに来るからね」
 でもサトニは、本を手放そうとはしません。
「いいえ、返したりはしません。もし取り返しに来たら、あの王子と戦います」

 それから数日後、サトニは神殿へ行きました。
 すると神殿に、美しい少女がやって来ました。
「きれいな娘だなあ」
 サトニが少女に声をかけると、少女はサトニを家にさそいました。
「わたしは、テブブともうします。父は神殿で働いております。すぐそこに家がありますので、よければ休んでいってください」
 少女の家は立派な屋敷で、少女の部屋は宝石でかざられていました。
「さあ、お酒でもどうぞ」
 少女は金のさかずきにお酒をついで、サトニに飲ませました。
 サトニはお酒を飲んだとたんに、寝てしまいました。

 しばらくして目を覚ますと、サトニは服がはぎとられて道ばたに寝かされていました。
「これは、どういうわけだ?」
 サトニがあたりを見回すと、すぐ近くに手紙が落ちています。
 その手紙には、こう書かれていました。
《サトニ、これは警告(けいこく)だ。はやく本を返さないと、この次は命をもらうぞ》
 城へ帰ったサトニは、この事を王さまに話しました。
 王さまは、サトニをしかりました。
「神さまの本を返さないから、こうなるのだ。さあ、すぐに行きなさい」
「はい。おしいけれど、返してきます」
 あきらめたサトニは神さまの本を持って、ネフェルカプ夕ハの墓におりていきました。
 するとまっ暗だった墓の中が、本の力でパッと明るくなりました。
「あなた、サトニが本を持って来ましたよ」
 おきさきのミイラが、うれしそうに言いました。
「言ったとおり、本が返って来ただろう」
 ネフェルカプタハも、にっこりわらいました。
 サトニは本を差し出すと、二人にあやまりました。
「ごめんなさい。どうか、ゆるしてください」
「いや、いいんだサトニ。同じ魔法使いとして、魔法をほしがる気持ちはわかるからね」
 ネフェルカプ夕ハはわらって、サトニを許してくれました。

おしまい

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