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第97話
泥棒の名人
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むかしむかし、貧しい農家の夫婦が畑仕事をしていると、そこへ豪奢な馬車がやって来て彼らの前に止まりました。
馬車から降りてきたのは、立派な服装の紳士です。
その紳士は夫婦を見てニッコリ笑うと、こう言いました。
「わたしに、田舎料理をごちそうしてくれませんか?」
すると夫婦もニッコリ笑って答えました。
「いいですよ」
紳士は夫婦の家に案内され、おかみさんは台所で料理の準備を始めました。
紳士は家の中を懐かしそうに見回すと、亭主に尋ねました。
「あなた方には、子どもはいないのですか?」
「ああ、息子がいたが、家を飛び出したっきりです」
「あなたは、その息子さんの顔を覚えていますか?」
「いいや。ずいぶんとむかしの話だからね。・・・でも息子の肩に、えんどう豆の様なほくろがあったのは、よく覚えています」
それを聞いた紳士が、突然上着を脱いで言いました。
「その息子さんの肩にあるえんどう豆の様なほくろとは、これですか?」
「えっ?」
亭主が見てみると、何と紳士の肩にはえんどう豆の形をした大きなほくろがあるのです。
「こりゃ、たまげた! お前は、わしのせがれなのか? 何とも立派になって」
すると息子は、ニヤリと笑って言いました。
「確かに息子ですが、立派ではありません。実はわたしは、泥棒の名人なのです」
それを聞いた亭主は、
「泥棒だって? なんて情けない!」
と、嘆きましたが、おかみさんは息子が帰って来たのを喜びました。
「たとえ泥棒だって構わないわ。再び顔が見られただけでもうれしいよ」
こうして両親と泥棒の名人の息子は、久しぶりにそろって食卓につきました。
食事が終わると、亭主が心配そうに言いました。
「わしらの領主さまは、泥棒が大嫌いなんだ。お前が泥棒名人だなんて知れたら、大変な事になるよ」
すると息子は、笑いながら言いました。
「だったら捕まる前に、こっちから伯爵の所へ出かけて行きますよ」
そしてその言葉通り、息子はさっそく伯爵の城に向かったのです。
事情を聞いた伯爵は、泥棒の名人に言いました。
「泥棒など、本当なら死刑だ。だがわしは、そなたの名づけ親だ。わしが出す三つの試練に合格出来れば、泥棒の罪を許してやろう」
そう言って、伯爵が出した三つの試練とは。
一、伯爵の愛馬を、厩舎(きゅうしゃ)から盗む事。
二、伯爵夫婦が寝ているベッドから、敷布を盗む事。
そしてその際、伯爵夫人の指から結婚指輪も抜き取る事。
三、伯爵の寺院から、僧侶と納所坊主(なっしょぼうず→位の低い僧)を盗む事。
この三つが試練に合格しないと、泥棒の名人は死刑になるのです。
泥棒の名人は、伯爵に頭を下げると、
「では必ず、三つの試練に合格してみせましょう」
と、言って、隣町へ行きました。
泥棒は農民のおばさんに変装すると、睡眠薬を仕込んだワインの樽を背負って伯爵の城へ向かいました。
伯爵の愛馬の厩舎のまわりは、兵隊でいっぱいです。
泥棒はわざと咳をしながら、厩舎の前を通りかかりました。
すると兵士が、おばさんに変装した泥棒に声をかけます。
「おばさん、寒いだろう。火に当たって行きなよ」
「それはありがとう。ではお礼に、これを一杯差し上げましょう」
そう言って泥棒は眠り薬入りのワインを兵士に飲ませて、 まんまと伯爵の愛馬を盗み出したのです。
泥棒はそのウマに乗って、伯爵のところへ行きました。
すると伯爵は、苦虫を噛みつぶした様な顔で言いました。
「合格だ。だが、まだ試練が残っておるぞ」
さて、次の試練です。
城の窓はしっかりと戸締まりされて、ネズミ一匹入るスキもありません。
泥棒は夜になると処刑場に行って、罪人の死体を見つけてきました。
そして伯爵の寝室の窓の下へ行くと、その死体を肩車してはしごを登りはじめました。
すると、伯爵が待ち構えていたのでしょう。
寝室の窓に人影が見えたとたん、伯爵がピストルを撃ってきたのです。
ズドーン!
その弾は、泥棒が肩車していた死体の頭に当たりました。
泥棒が窓の影に隠れていると、外に出て来た伯爵が死体を埋める為に畑へ行ってしまいました。
そのすきに泥棒は伯爵の寝室へ忍び込み、伯爵の真似をして夫人に言いました。
「泥棒は仕留めた。しかし泥棒とはいえ、せめて布で包んでから埋めてやろうと思う。だからベットの敷布を貸してくれ」
「そうですね」
夫人がベットの敷布を差し出すと、泥棒はさらに言いました。
「あいつも、命をかけて勝負に挑んだのだ。せめて指輪くらいは一緒に埋めてやりたい。すまないが、お前の指輪をくれないか」
「はい。いいですよ」
泥棒は、夫人から指輪を受け取りました。
そうして泥棒は、二品を手に入れたのです。
翌朝、泥棒の名人は伯爵を訪ねて、敷布と指輪を返しました。
すると伯爵は、またまた苦虫を噛みつぶした様な顔で、
「合格だ。だが、最後の試練が残っておるぞ」
と、言いました。
とうとう、最後の試練です。
泥棒は寺院に行くと、位の高い僧侶に変装して演説を始めました。
「最後の日が来た! わしと天国に参りたい者は、この袋に入れ!」
その演説があまりにも堂々として立派だったので、寺院の僧侶と納所坊主が泥棒の用意した大きな袋の中に飛び込んだのです。
こうして三つの試練に合格した泥棒の名人は、伯爵によって泥棒の罪を許される事になったのです。
でも、それから泥棒の名人は両親に別れを告げて、またどこかへか去って行ったそうです。
おしまい
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