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第161話
ジャックと馬とニシンの王さま
ジプシー童話
むかしむかし、あるところに、子どものいない年取った夫婦が住んでいました。
ある日、この年寄り夫婦に男の子が生まれたのです。
「わしらにも、ついに子どもが出来たぞ!」
夫婦は大喜びしましたが、しかし間もなく父親が死んでしまい、一人息子のジャックは母親を助けて働かなければならなくなりました。
ある日の事、一人のおじいさんがジャックの家のそばを通りかかって言いました。
「どうだね。これからわしと一緒に、仕事を探しに行かないか?」
「はい、行きましょう」
「よし。それならわしに『老馬になれ』と、言いなさい」
ジャックが言われた通り『老馬になれ』
と言うと、おじいさんはたちまち年取った老馬になりました。
そして老馬は、ジャックに言いました。
「わしの背に乗りなさい。出かけるとしよう」
馬はジャックを乗せると、こう言いました。
「途中で困っている者を見かけたら、そばへ行って様子を見なさい。そしてお前さんに出来る事があったら、何でもしてあげなさい」
「はい、わかりました」
二人は道を進み、やがて丘へのぼる坂道にやってきました。
するとジャックが、馬に言いました。
「今、助けを呼ぶような声が聞こえました」
「なら、行って見ておいで。そしてお前さんに出来る事があったら、何でもしてあげなさい」
ジャックが馬からおりて声のする方へ行くとそこは海で、波に打ち上げられた小さなニシンがピシャピシャとはねていました。
ジャックはニシンをやさしくすくうと、海に放してやりました。
するとニシンは、ジャックのところへ泳ぎ寄って来て言いました。
「助けていただいて、本当にありがとうございます。実は、わたしはニシンの王さまです。もしわたしに出来る事があったら、いつでも呼んでください。きっとお役に立ちますから」
「それなら、その時は頼むよ」
ジャックと馬が丘の上に来ると、馬がジャックに言いました。
「ジャック。お前さんのところにやって来た物は、どんなにきれいな物でも決して自分の物にしてはいけないよ」
「はい、わかりました」
ジャックが答えたとたん風が吹いてきて、ジャックの口の中に一枚の羽根が飛び込んできました。
ジャックはすぐに吐き出しましたが、風がまた吹いてきて羽根は再びジャックの口の中に飛び込んできました。
そんな事が何度も繰り返されたので、ジャックは吐き捨てるのをやめて飛び込んできた羽根を手に取ってみました。
「わあ、とてもきれいな羽根だ」
ジャックはその羽根を、ポケットに入れました。
やがてジャックと馬は、古い城があるところへやってきました。
すると城の中から、大きな叫び声が聞こえてきたのです。
「ジャック。何が起こっているのか、見ておいで。そしてお前さんに出来る事があったら、何でもしてあげなさい」
「はい、わかりました」
ジャックは城に行って門を叩きましたが、誰も出てきません。
そこでジャックは勝手に門を開けて、城の中に入ってみました。
すると一人の大男が、ぐったりとベッドに横たわっていたのです。
「あの、どうなさいました?」
「わしは病気なのだが、ここには誰も世話をしてくれる者がいないんだ。すまないが下へ行って、食べ物と酒を持ってきてくれないか」
ジャックは言われた通り、下から食べ物とお酒を持ってきました。
大男はそれを食べ終えると、ジャックに言いました。
「おかげで助かったよ。もしわたしで役に立つ事があったら、いつでも呼んでくれ。わたしは力自慢だ。この怪力で、きっと力になってあげるから」
こうして大男を助けたジャックは城を出て、馬と一緒に丘を降りていきました。
馬は歩きながら、ジャックにたずねました。
「何か、変わったことはあったかね?」
「はい、病気の大男を助けました。それから口の中に、一枚の小さな羽根が飛び込みました」
「その羽根は、どうしたかね?」
「きれいだったので、ポケットの中に入れました」
「それはいけないよ。どんなにきれいな物でも、決して自分の物にしてはいけないと言っただろう。その羽根は、わしらに何か不幸を招き寄せるかもしれない。でも、今さら仕方がないから、その羽根はそのまましまっておきなさい」
やがてジャックは、仕事をもらうために大きな屋敷に行きました。
ジャックは屋敷の主人に、美しい羽根を見せました。
すると主人は美しい羽根を手に入れようと、ジャックに家の中で寝るようにと言いましたが、
「いいえ。わたしは馬屋で、年取った馬と一緒に休みます」
と、言って、主人の申し出を断ったのです。
さて、それからしばらくして、屋敷の下男が主人に言いました。
「だんなさま。あの若者を、もう一度ここにお呼びください。何とかして、若者から美しい羽根を手に入れましょう」
「そうだな。あの羽根は、きっと価値がある物に違いないからな」
そこで主人がジャックを屋敷の中に呼ぶと、その隙に下男はジャックの羽根を盗んで別の羽根をテーブルの上に置きました。
「だんなさま、羽根を奪いました。ところで羽根を持ってきた若者は、この美しい羽根を持つ鳥を連れて来る事が出来るに違いありませんよ」
「そうだな。羽根一枚よりも、その羽根を持つ鳥の方が価値があるに違いないからな」
主人は、ジャックを呼んで言いました。
「お前は仕事を探していると言ったな。お前の最初の仕事は、お前の持っている美しい羽根と同じ羽根の鳥を探して来ることだ」
「しかし、わたしは羽根の鳥を見たことが」
「頼んだぞ」
「・・・はい」
馬の所へ戻ったジャックは、馬に相談をしました。
「屋敷の主人が、鳥を欲しがっているのですが」
「ではジャック、ご主人のところへ行って三日間待ってもらうように頼みなさい。そしてお金の入った財布を、三つもらってきなさい」
ジャックは言われた通りにすると、馬と一緒に鳥を探しに出かけました。
しばらく歩いていくと、立派な城の前に出ました。
「ジャック、お城へ行って中にお入り。大勢の人が酒盛りをしているが、それにかまってはいけないよ。部屋のすみには尾の長い鳥が入った鳥かごがあるはずだから持っておいで」
ジャックは言われた通り城へ行き、部屋の中にあった烏かごを持って馬のところへ戻ってきました。
ジャックから鳥を受け取った主人が喜んでいると、また下男が言いました。
「だんなさま。美しい鳥を持ってきたジャックなら、美しい女の人もきっと連れて来る事が出来るはず」
そこで主人は、ジャックを呼んで言いました。
「ジャックよ。次の仕事は、貴婦人を連れて来る事だ」
ジャックが馬に相談すると、馬が言いました。
「ジャックよ、わしの言いつけを守らないであの羽根をポケットに入れたせいで、わしが心配した事が起こってしまったようだ。・・・だが、今さら仕方がない。またこの前の様に三日間待ってもらうことと、お金の入った三つの財布をもらっておいで」
ジャックは主人のところへ行き、お金と三日の日数をもらってきました。
馬はジャックを海に連れて行くと、ジャックに言いました。
「ジャックよ。『老馬よ、船になれ』と、お願いしなさい」
「はい。老馬よ、船になれ」
ジャックの言葉が終わると同時に、馬が消えて海に一隻の船が現れました。
ジャックが船に乗り込むと、船には絹が積んでありました。
その船がお城の下にやって来た時、船がジャックに言いました。
「ジャックよ。お城に行って、貴婦人に会いなさい。はじめに出てくる女の人はお前の会う貴婦人ではないから、その女の人に『貴婦人に面会したい』と頼みなさい」
「はい、わかりました」
ジャックはお城へ行き、門を叩きました。
すると一人の女の人が出てきたので、ジャックは女の人に貴婦人に会わせてくれるように頼みました。
するとまもなく、貴婦人が出てきました。
ジャックは絹を積んだ船が、城の下にとまっている事を話しました。
「まあ、絹があるのですか」
絹が大好きな貴婦人は、絹を見るため絹をしまってある船室に入って行きました。
そのすきにジャックはイカリをあげて、船を走らせました。
船がはるか遠くの沖に出た頃、貴婦人が甲板にあがってきました。
そこではじめて自分がだまされて船に乗せられた事を知り、顔をまっ赤にして怒りました。
貴婦人はポケットをさぐって何かを取り出すと、それを海中に投げ入れました。
すると海の水は血のように赤くなり、はげしい嵐がおこったのです。
けれどもジャックたちは嵐を何とか乗り越え、無事に屋敷へもどりました。
そして連れてきた貴婦人を主人のところへ案内しました。
するとまた、下男が主人に言いました。
「貴婦人を連れてきたジャックなら、貴婦人の住んでいたお城も持って来る事が出来るにちがいありません」
そこで主人は、ジャックに言いつけました。
「ジャックよ。今度の仕事は、貴婦人の住んでいた城を持って来る事だ」
ジャックは馬のところへいって、その事を話しました。
「ではジャック。いつもの様に、お金の入った三つのさいふと三日の日数ともらっておいで」
二人が旅に出てしばらくすると、馬がジャックに言いました。
「いつか、食事の世話をした病気の大男は、お前さんに何と言ったかね?」
「はい。わたしで役に立つ事があったら、どんな事でもすると言いました」
「では大男のところへ行って、手伝ってもらいなさい」
ジャックはお城へ行って、大男に主人から言われた事を話しました。
大男はそれを聞くと声を出して笑い、ジャックにくさりを取ってくるように言いました。
しかしくさりは重くて、ジャックにはくさりの一つの輪さえ持ちあげる事が出来ません。
それを見ると大男はまた笑い出し、自分でくさりを持ちあげて肩にかつぎました。
大男とジャックは、貴婦人の住んでいたお城に着きました。
大男はくさりでお城をしばると、それをかついで貴婦人の連れて来られた屋敷まで運びました。
しかし、お城の門にはカギがかかっているので、カギがなければ中に入る事は出来ません。
そこでジャックは貴婦人のところへ行って、カギをくれるように頼みました。
すると、貴婦人が言いました。
「カギは連れてこられる時、海の中に投げすてましたわ」
ジャックはまた馬のところに行って、相談をしました。
「ジャックよ。ご主人のところへ行って、いつもの物をもらっておいで」
それからジャックと馬は、また旅をする事になりました。
屋敷を出るとまもなく、馬がジャックに言いました。
「ジャックよ。助けてやったいつかのニシンは、お前さんに何と言ったかね」
「はい。わたしでお役に立つ事がありましたら、いつでもわたしをよんでくださいと言いました」
「では、ニシンに頼もう」
ジャックと馬は小さなニシンを見つけたところに行って、ニシンをよびました。
するといつかのニシンが現れたので、ジャックは貴婦人が海の中に投げ入れたカギの事を話しました。
「ではジャックさん、わたしがそのカギを探してきましょう」
ニシンはそう言うと姿を消して、しばらくすると口にカギをくわえて帰ってきました。
ジャックと馬はニシンが探してきたカギを持って、屋敷に帰りました。
主人がカギでお城の門を開けると、貴婦人がお城の兵隊を呼んで主人と下男とジャックを捕まえる様に言いました。
貴婦人が、捕まえられたジャックに言いました。
「わたしをだまして連れてくるなんて、ずいぶんひどい人ね。そこでジャック、あなたはあなたの首と、ここのご主人と下男の首のうち、どれをはねられる事をのぞみますか?」
ジャックは少し迷いましたが、決心すると貴婦人に言いました。
「命令したのはご主人たちですが、あなたをだまして連れてきたのはわたしです。わたしの首をはねてください」
それを聞いた貴婦人は、ニッコリ笑いました。
「ジャック。あなたの答えは、とても立派です。もし、あなたがその反対の答えをしていたら、わたしはあなたの首をはねていたでしょう。罰を受けるのは、あなたに命令をした主人と下男です」
主人と下男は牢屋に入れられて、ジャックと貴婦人は結婚しました。
貴婦人とジャックは、今でも大男の持ってきたお城に住んでいるのです。
おしまい
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