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第231話

文珠の知恵(ジャータカ物語)

文珠の知恵
ジャータカ物語 → ジャータカ物語について

 むかしむかし、インドには、悪人ばかりが住んでいる国がありました。
 この国の人々は、いつも悪い事をしたり、乱暴をしたりしました。
 その事を知った目連(もくれん)というお坊さんが、仏さまにお願いしました。
「仏さま、わたくしを、あの悪い人たちが住む国へ行かせて下さい。何とかして、あの人たちを良い人間にしてやりたいのです」
 すると仏さまは、にっこり笑って、
「それは良い行いです。大変でしょうが、頑張りなさい」
と、悪い人の国へ行く事を許してくれました。

 目連はさっそく悪い人の国へ行くと、人々に色々な話をして、良い人間になる為のお説教をしました。
「人間は悪い事をすると、その時は良くても後で必ず恐ろしい罰を受ける。
 そして死んでからも、必ず地獄へ落ちて苦しむのです。
 だから悪い事を止めて、良い事をしなさい。
 乱暴は止めて、困っている人を助けるのです」
 ところがいくら目連がお説教をしても、誰一人話を聞こうとはしないのです。
 それどころか、
「はん、偉そうな事を言っても無駄だ。後でどうなるかよりも今が良ければいいのだ。お前なんか、帰れ、帰れ」
と、石を投げつけたりするのです。
 目連は仕方なく、自分の国に帰ってしまいました。

 さてこの話を聞いた、舎利弗(しゃりほつ)というお坊さんは、
「悪い人たちを導くには、やさしく言っても駄目だ。もっと、厳しくしないと」
と、仏さまの許しを受けて、悪い人の国へとやって来ました。
「お前たち、よく聞け!
 今すぐ悪い事を止めないと、地獄で永遠に苦しむ事になるぞ!
 助かりたければ、おれの言う事を聞くんだ!」
 けれどもこの国の人たちは、やはり舎利弗を嫌って追い返したのです。

 その後も、五百人ものお坊さんが次々と出かけて行きましたが、誰一人成功した者はいませんでした。
 そこで仏さまは、文珠(もんじゅ)という知恵のあるお坊さんを選んで、その悪い人の国へ行かせてみました。
 悪い人の国へ着いた文殊は他のお坊さんたちとは違って、この悪い国と悪い人たちを褒めたのです。
「ここは、何と良い国だろう。
 そしてここに住む人々は、何と立派な人たちだろう。
 こんな良い所へ来られて、わたしは実に幸せだ」
 いくら悪い人たちでも、褒められればうれしいものです。
 そこで人々は、自然と文珠の周りに集まって来ました。
 中には文殊に、ごちそうを出す者さえいました。
「このお坊さんは、とても偉い人だ。おれたちの事をわかってくれる」
「そうだ。今までのお坊さんは、おれたちを見下していたが、この人はおれたちを理解してくれている」
 文殊は、みんなから尊敬されました。
 そこで文珠は、
「わたしの先生である仏さまは、わたしなどとは比べ物にならないほど、それはそれは立派なお方ですよ。
 その仏さまの教えを受ければ、あなた方はもっと幸せになる事が出来るのですよ」
と、言ったのです。
 すると、みんなは、
「それならぜひ、仏さまの教えを受けさせてくれ」
「おれもだ。おれも」
と、仏さまの教えを受ける事にしたのです。
 それを知った仏さまは、文殊の知恵を大いに褒めて、
「よくやりましたね。
 人を導くのは、とても難しい事です。
 ただ人に考えを押しつけるのではなく、その人の考えを理解し、その人とうち解ける事が大切なのです。
 お前はその事に、よく気がつきました。
 お前のおかげで、悪い国の人たちも救われるでしょう」
と、うれしそうに言いました。

  この時から、優れた考えや知恵の事を『文殊の知恵』と言う様になったのです。

おしまい

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