6月10日の日本の昔話
テングの隠れみの
むかしむかし、彦一(ひこいち→詳細)と言う、とてもかしこい子どもがいました。
小さい頃から頭が良くて、ずいぶんととんちがきくのですが、大が付くほどのお酒好きです。
彦一の夢は、毎日たらふく酒を飲むことです。
「なにかうまい知恵は、ないものか?」
考えているうちに、ふと、テング(→詳細)の隠れみの(→それをかぶると姿が消える、テングの宝物)のことを思い出しました。
テングは、村はずれの丘に、ときどきやってくるといいます。
彦一は、ごはんをたくときにつかう、火吹き竹(ひふきだけ)を持って丘にくると、
「やあ、こいつはええながめだ。大阪や京都が、手にとるように見える。見えるぞ」
そういいながら、火吹き竹を、望遠鏡(ぼうえんきょう)のようにのぞいていると、マツの木のそばから声がしました。
「彦一、彦一。のぞいているのは、かまどの下の火を吹きおこす、ただの火吹き竹じゃろうが」
声はしますが、目には見えません。
テングが近くにいるのです。
「これは、火吹き竹に似た、干里鏡(せんりきょう)じゃ。おお、京の都の美しい姫がやってきなさったぞ。牛に引かせた車に乗っておるわ」
「京の都の姫だと? 彦一、ちょっとでよいから、わしにものぞかせてくれんか」
テングは、彦一のそばにきたようすです。
「だめだめ。この千里鏡は、うちの宝物。持って逃げられては大変じゃ」
そのとたん、目の前に大きなテングが姿を現しました。
「大丈夫、逃げたりはせん。だけど、そんなに心配なら、そのあいだ、わしの隠れみのをあずけとこう」
「うーん、それじゃ、ちょっとだけだぞ」
彦一はすばやく隠れみのを身につけると、さっさと逃げ出しました。
テングは、火吹き竹を目にあててみましたが、中はまっ暗でなにもうつりません。
だまされた! と、気がついたときには、彦一の姿は影も形もありませんでした。
隠れみのに身を包んだ彦一は、さっそく居酒屋(いざかや→お酒をだす料理屋)にやってくると、お客の横に腰をかけ、徳利(とっくり→お酒の入れ物)のまま、グビグビと飲みました。
それを見たお客は、ビックリして目を白黒させます。
「とっ、徳利が、ひとりでに浮き上がったぞ!」
たらふく飲んだ彦一は、ふらつく足で、家に帰りました。
「これは、べんりな物を手に入れたわ」
隠れみのさえあれば、いつでも、どこでも、好きな酒を飲むことができます。
つぎの朝。
きょうも、ただ酒を飲みにいこうととび起きた彦一は、大事にしまいこんだ隠れみのが、どこにもないことに気がつきました。
「おっかあ。つづら(衣服を入れるカゴ)の中にしまいこんだ、みのを知らんか?」
「ああ、あのきたないみのなら、けさがた、かまどで燃やしたわ」
「な、なんと!」
のぞきこんでみると、みのはすっかり燃えつきています。
彦一はぶつくさいいながら、灰をかき集めてみると、灰のついた手の指が、見えなくなりました。
「ははん。どうやら、隠れみのの効果は、灰になってもあるらしい」
体にぬってみると、灰をぬったところが透明になりました。
「よし、これで大丈夫だ。さっそく酒を飲みに行こう」
町では、昼間から酒を飲ませている店がありました。
彦一はさっそく、お客のそばにすわると、徳利の酒を横取りしました。
それを見たお客は、「わっ」と、ひめいをあげました。
「みっ、見ろ。めっ、目玉が、わしの酒を飲んでる!」
隠れみのの灰は、目玉にだけはぬってなかったのです。
「ばけものめ、これをくらえ!」
お客は、そばにあった水を彦一にかけました。
するとどうでしょう。
からだにぬった灰がみるみる落ちて、はだかの彦一が姿を現しました。
「あっ! てめえは、彦一だな! こいつめ、ぶんなぐってやる!」
「わっ、悪かった、許してくれー!」
彦一はそういって、すっぱだかのまま逃げ帰ったそうです。
おしまい
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