きょうの百物語
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5月8日の百物語

旅は道連れ

旅は道連れ

 むかしむかし、一人の武士(ぶし)が、京へ向って旅をしていました。
 ちょうど鈴鹿山(すずかやま)を越えようとした時、急に耳元で何か人の話し声がしました。
(はて、奇妙だな)
 武士は辺りを見回しましたが、誰もいません。
「風の音かな?」
 武士が歩き始めると、また耳元で話し声がします。
 何を言っているのかわかりませんが、確かに人の声です。
 武士は、もう一度、辺りを見回しました。
「やはり、誰もおらぬか」

 武士がしばらく歩いて行くと、遠くの方に旅の町人と虚無僧(こむそう)が、連れ立って歩いているのが見えました。
(なんだ、あの二人の話し声か。
 ・・・いや、それにしてはおかしい。
 これだけ離れているのに、さっきは耳元で聞こえたぞ。
 よし、行ってみるか)
 武士は早足で二人に追いつくと、追い越しざまに二人の顔を見ました。
「・・・!」
 町人の方は普通ですが、虚無僧の顔が人間ではありません。
 まるで、ちり紙をクシャクシャにした様な顔をしているのです。
 おまけに虚無僧の声は、何を言っているのか、さっぱりわかりません。
(さては、あの虚無僧。妖怪変化のたぐいと見える。ことあらば、一太刀(ひとたち)に切って捨てん)
 武士はゆっくり歩き、すぐ後ろに二人が来た時にバッと振り返りました。
 すると、
「うわーっ」
と、叫んだ町人が、いきなり武士にしがみついてきたのです。
「お、恐ろしや・・・。恐ろしや・・・」
 町人はガタガタと震えながら、武士に言いました。
「き、消えて、消えてなくなりました。
 今まで、一緒にまいりました虚無僧が、あなたさまが後ろを向かれたとたんに」
(しまった。取り逃がしたか)
 武士は悔しがりましたが、そ知らぬ顔で町人にたずねました。
「消えた虚無僧とは、何を話していたのかな?」
「はい。
 あの虚無僧どのが、
『わしは遠い国の者だ。この辺りはいっこうに知らぬゆえ、今夜はどこへ宿をとったらよろしかろう』
と、申されました」
「それで」
「さいわい、わたくしが宿屋をいたしておりますので、今夜はおとめいたしましょうと、そう申しておったところでございます」
「なるほど。ところでお主は、虚無僧の顔を見たか?」
「いいえ」
「あの虚無僧、まるでちり紙をクシャクシャにした様な顔であったぞ」
「ひえーっ。では、あの虚無僧は、化け物か何かで」
「かも、しれんな」
「ひえーっ!」
「まあ、そう、怖がる事もあるまい。
 たとえ相手が化け物でも、旅は一人よりも多い方が楽しいものだ。
 よければ、町までわしと行こうではないか。
 あははははっ」
 武士は底抜けに明るい声で笑うと、町人と連れだって町まで歩いて行ったそうです。

おしまい

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