きょうの百物語
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5月29日の百物語

一つ目の住む屋敷

一つ目の住む屋敷
東京都の民話

 むかしむかし、江戸の町に陸野見道(おかのけんどう)という、有名なお医者さんがいました。

 ある日の事、見道の所にお金持ちの屋敷から使いが来ました。
「家の奥さまの具合が悪いので、診てもらいたいのですが」
「わかりました。後で必ず行きますから、家で待っていて下さい」
 見道はそう言いましたが、予約の病人の家を回っているうちに、すっかり夕方になってしまいました。
「いやあ、すっかり遅くなって申し訳ない。ではさっそく、病人のところへ案内してもらいましょうか」
 すると、女中らしい女の人が言いました。
「すみません。
 ただいま、奥さまはお休み中です。
 旦那さまは、急用でお出かけになりました。
 先生がお見えになったら、しばらくお待ちくださる様にとの事です」
 女中さんは見道を座敷へ連れて行くと、すぐに出て行きました。
「ほう。古い屋敷の様だが、なかなか立派なものだ。あの欄間(らんま)が、特に素晴らしい」
 見道が立派な部屋の造りに見とれていると、すーっとふすまが開いて、十歳くらいの男の子がお茶を運んで来ました。
「いらっしゃいませ。お待たせして、申し訳ありません」
 子どもとは思えないほど丁寧なあいさつに、見道はすっかり感心して声をかけました。
「坊や。名は何というのだ?」
「申し上げるほどの者ではございません」
 男の子は恥ずかしそうにうつむくと、そのまま立ちあがり、入り口の所でもう一度振り返りました。
 そのとたん、
「うぎゃ!」
と、見道は、思わず小さな悲鳴をあげました。
 なんと男の子の顔が三尺(さんじゃく→約90センチ)くらいに伸びて、おでこにおわんの様に大きな目玉が一つだけあったのです。
「ひっ、一つ目・・・」
 見道が驚いていると、男の子は一つ目でにやっと笑い、ふすまを閉めて出て行きました。
「・・・・・・」
 見道は、しばらく呆然としていましたが、やがて頭を振ると、
(このところ、仕事が忙しかったからな。おそらく、疲れているのだろう)
と、思う事にしました。

 さて、しばらくするとふすまが開いて、この家の主人が顔を出しました。
「すみません、すっかりお待たせしました。・・・おや? 先生、どうなさいました? 顔色が、まっ青ですが」
「いや、その。お恥ずかしい話ですが、実はその・・・」
 見道は、さっきの出来事を主人に話しました。
 すると主人が、申し訳なさそうに言いました。
「それは、先生のせいではありません。あれは、まったくおかしな小僧でして、知らない人が来ると、ふいと出て来ておどかすのですよ」
「えっ? ここで働いている小僧さんではないのですか?」
「まさか。時々遊びに来る程度ですよ」
「・・・?」
 それを聞いて見道は、いよいよ気味が悪くなってきました。
 でも、主人は平気らしく、
「それで今日は、どんな顔をしていましたか?」
と、尋ねました。
「はい。ですから、今も話した通り、顔の長さが・・・」
 見道が説明を始めると、主人はふいに立ち上がり、
「それは、こんな顔と違いますか?」
と、言って振り返りました。
 見ると主人の顔も、三尺に伸びた一つ目だったのです。
「うひゃーーっ!」
 びっくりした見道は、はうようにして部屋を出ると、急いで玄関に走りました。
「おい、早く逃げるんだ!」
 待たせてあったお供の者をせかせて、見道はあわてて外へと飛び出しました。
「先生、どうなさったのです?」
「どうもこうもあるか。あそこは、化け物屋敷だ! ・・・あいて!」
「暗闇で走っては、危ないですよ。今、明かりをつけますから」
 お供の者が立ち止まって、持っていたちょうちんに明かりをつけました。
「ああ、すまない。・・・!」
 見道がお供の者の顔を見てみると、お供の顔も三尺に伸びた一つ目だったのです。
「うぎゃーーー!」
 見道は叫び声を上げると、その場で気を失ってしまいました。

 見道の家では、いつまでたっても主人が戻らないので、弟子たちがお金持ちの屋敷へ迎えに行きました。
 ところがそこにあるのは荒れ果てたボロ屋敷で、とても人が住める物ではありません。
「おい、確かここのはずだよな?」
「ああ、だがこれは・・・」
 弟子たちは頭をかしげながら、近所の家にたずねました。
 すると近所の家の人は、
「あの屋敷がお医者さんを迎えに行くなんて、何かの間違いですよ。ご覧の通りあの屋敷は何年も荒れ放題で、今ではタヌキのすみかになっているくらいですから」
と、言うのです。
「では先生は、どこに行かれたのだろう?」
 弟子たちは手分けをして、見道を探し回りました。
 すると屋敷から遠く離れた竹やぶのそばで、倒れている見道を見つけました。
「先生、大丈夫ですか!」
「先生!」
 弟子たちの介抱の末、見道はようやく息を吹き返しましたが、よほど怖かったのか、それから一ヶ月ほども寝込んでいたそうです。

おしまい

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