きょうの百物語
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9月28日の百物語

テングにさらわれた子ども

テングにさらわれた子ども
東京都の民話

 むかしむかし、ある殿さまの家来(けらい)に、小島伝八(こじまでんぱち)という(さむらい)がいました。
 伝八には惣九郎(そうくろう)という一人息子がいて、まるで宝物の様に大事にしています。
 その惣九郎が十一歳になった春、突然姿を消したのです。
 伝八と奥さんは八方手をつくして探し回ったのですが、ひと月たっても何の手がかりもなく、とうとう伝八夫婦は寝込んでしまいました。

 そんなある日、近くの町に住む古着屋の主人がやって来ました。
 むかし、伝八が面倒を見てやった男です。
「うわさを聞いてもしやと思い、駆けつけてきました」
「もしやとは?」
 伝八がたずねると、古着屋は話を続けました。
「はい、五日ほど前の明け方頃です。
 いつもより早めに起きて店の戸を開けていたら、十歳ぐらいの男の子を連れた山伏(やまぶし)姿の男が立っていて、『子どものわらぞうりを売っている店はないか?』と、たずねました。
 そこでわたしが、『少し行ったところにわらじを売る店があるけど、まだ起きてはいないでしょう』と言うと、その男は黙って立ち去りました。
 その男の子の身なりが、小島さまのお子さんに良く似ていたと不思議に思っているところへ、小島さまのお子さんが行方不明と聞いたのです」
 古着屋の主人は、男の子の着ていた服装をくわしく話しました。
「間違いない! それは、わしのせがれだ!」
 その声を聞いて、奥さんもやって来ました。
「しかし、山伏姿の男とは何者だろう?」
「さあ、もしかすると、テングかもしれません。テングは人前に現れる時、山伏姿に身を変えるといいます」
「テングか。テングなら、せがれが突然姿を消したのも納得がいく。しかしテング相手に、どうすれば良いのだ?」
「相手がテングでしたら、妙法寺(みょうほうじ)の上人(しょうにん→徳の高いお坊さん)さまにお願いすれば、何とかなると思います。上人さまの法力(ほうりき)は、大したものだと聞いています」
 そこで伝八は、さっそく妙法寺へ出かけて、上人に頼みました。
「テングから、息子を取り戻して欲しい!」

 次の日、伝八が屋敷の庭にゴマだんを作って上人が来るのを待っていると、上人は二十人ばかりの坊さんを引き連れて来ました。
 さっそくゴマがたかれ(→ゴマ木という木片をもやして、ほとけに祈る事)、上人と坊さんたちが一心に祈祷(きとう→神仏に祈ること)を始めました。
 祈祷は毎日続けられ、ついに七日目の事、ゴマの火が一段と高く燃え上がって、雲一つない空に黒い影がポッカリと浮かんだのです。
「何だ? 鳥か?」
 伝八夫婦が空を見上げていると、黒い影はだんだんと大きくなり、まるでワシの様に飛んで庭におりたちました。
「テング!」
 そこには背中に翼をつけたワシのくちばしみたいに鼻のとがったテングが、惣九郎をかかえて立っていたのです。
 テングはだまって男の子を下へおろすと、そのまま飛び上がって空のかなたへ消えてしまいました。
「惣九郎!」
 伝八は惣九郎に駆け寄ると、力いっぱい抱きしめました。
「ありがとうございました」
 奥さんが涙を流しながら、上人や坊さんたちに手を合わせました。
 
 この事があってから、妙法寺の上人の評判はますますあがりました。
 しかしどうしたわけか、この時から惣九郎は魂が抜けた様にぼんやりして、何をたずねても首を横に振るばかりです。
 町の人たちは、そんな惣九郎を見るたびに、
「テングとは、恐ろしいものだ。人の魂までも、抜き取ってしまうらしい」
と、ますますテングを恐れたという事です。

おしまい

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